おやじの つぶやき

 グリンデルワルトに住む、安東一郎=おやじ が、特にテーマもなく、毎日の行動、思い、気持ち、その他を、とりとめなく、 
 つぶやくコーナーです。 多少、個人的、傾斜的、一方的、一面的、勝手気ままに書いていますが、お許しを。 
           「ご意見」は、こちらへ。
 
ご批判、激励、賛同、反対、その他、なんでもOKです。
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「おやじのつぶやき」の写真一覧
「おやじのつぶやき」(2009年08月分) 「おやじのつぶやき」 表紙 「おやじのつぶやき」(2009年10月分)

2009年09月30日(水) 晴れ 2193
今日の天気も、晴れ。

朝からジュネーヴのホテルをチェックアウトし、一路、ニヨンに向かう。
ここで「ニヨン城」の外観の撮影を行なう。
その後、今度は「グリュエール城」に向かい、ここで午後の半日をお城の撮影に費やす。

夕方の6時30分ごろに撮影は終了し、今夜からの宿泊地である「モントルー」に向かう。

「今日の写真」を、どうぞ。
2009年09月29日(火) 晴れ *** 2192
今日の天気も、晴れ。
午前8時の外気温は、+15℃。
(ローマと違って、グリンデルワルトは、やはり涼しい。。。。。)

午後からジュネーヴに向けて車を走らす。
今夜日本のテレビ取材チームが、オーストリアからやって来る。
番組は、TBS−BSの「世界の古城散歩」である。
1週間、フランス語圏の各地で、古城を取材することになっている。
(取材の様子は、また「つぶやき」でご覧いただきます)

放送日は、11月02日(月)と09日(月)の2週にわたります。(放送時間は、午後10時00分〜10時54分)
http://www.bs-tbs.co.jp/app/program_details/index/KDT0902100
2009年09月28日(月) 晴れ *** 2191
今日の天気も、晴れ。
日中は、暑い。。。。

午前中は、休む。
(ローマの休日中の睡眠不足をやっと解消した感じだ。。。。笑)

午後から事務所に出て、明日からのテレビの仕事の準備を行なう。
やっぱり、自宅はいい。
住む村もいい。
ローマもいいが。。。。(?)、やっぱり、グリンデルワルトはサイコーだ。

アイガー北壁も美しい。
周りの緑も美しい。
牛たちも山から下りてきており、グリンデルワルト村周辺ではカウベルの音が鳴り続けている。
2009年09月27日(日) 晴れ 2190
今日の天気も、晴れ。

フィレンツェからグリンデルワルトへ戻る日。
休日の最終日である。

高速道路を一路「ジェノヴァ」方向に走らせ、地中海沿いの小さな町に立ち寄り、昼食をとる。
(イタリア料理最後の昼食。おいしい店のようで、次から次に客が入って来ていた)

ここには、なぜか「コロンブス」の銅像が立っていた。
もしかしたら、昔、立ち寄ったのかも知れない。。。

その後、高速道路を使い、ドモドッソラからカートレインに乗り、スイスに戻り、自宅へと戻って来た。
家族の言葉。。。。
「ローマは良かった。また行きたいね・・・」(子供たち)
「今度は、もっとゆっくりと博物館や美術館を見たいね」(家内)
「でも、もう十分かな。。。。疲れたよ・・・」(おやじ・・・・)笑

格言・・・
「昔は、ローマの休日だが、今は、「ローマは疲れる。休日にならない・・・・」(ジャンジャン)

フィレンツェからグリンデルワルトまでは、640km。(所要時間は、約8時間30分/途中の夕食時間を含む)
「今日の写真」を、どうぞ。
2009年09月26日(土) 晴れ 2189
今日の天気も、晴れ。

さて、ローマの休日も終了し、今日はフィレンツェへ移動である。
久しぶりに車に乗って、ローマから一路フィレンツェへ。
そして、午後早くにホテルに到着し、チェックイン後、市内に出かける。

丁度、ドォーモでは、ワイン祭り(?)のような催し物をやっていて、昔ながらの衣装を着た人々で賑わっており、観光客も大勢いた。
その後、「ヴェッキオ橋」を渡り、周辺を散策する。
夕食は、地元のレストランでイタリア料理を取る。

ローマからフィレンツェまでは、約300km(所要時間は、約4時間15分)

「今日の写真」を、どうぞ。
2009年09月25日(金) 晴れ 2188
今日の天気も、晴れ。

朝から「ヴァチカン博物館」の見学に行く。
やはり、ここもものすごい量の美術品や芸術品を保管していて、システィーナ礼拝堂の「最後の審判」(ミケランジェロ作)は、凄い。
その後、地下鉄を使って「コロッセオ」に向かうが、入場券は「フォロ・ロマーノ」で買う方が空いているとのことで、先に「フォロ・ロマーノ」を
見学してから、「コロッセオ」の内部を見学する。
(ご存じ、映画「ベンハー」などでおなじみの、ローマ時代の娯楽の殿堂である)
最後に、「真実の口」のある「サンタ・マリア・イン・コスメデイン教会」に訪れ、「真実の口」に手を入れたら、何かに手を挟まれた。。。。?
ような気がした。(笑)
ここでも、写真を撮る観光客で賑わっていた。

夕食は市内のレストランで取り、ホテルに帰ると家族でトランプ・ゲームに講じる。
(これは、昔から、おやじのファミリーでの習慣で、「大貧民」が、大好きである。。。。笑)

「今日の写真」を、どうぞ。
2009年09月24日(木) 晴れ 2187
今日の天気も、晴れ。

今日は、「ローマ1日市内観光」を行なう。
まず、朝の市内観光で訪れた場所は、トレヴィの泉、パンテオン、ナーヴォーナ広場など、昨日個人的に訪れた場所。
今日は朝の時間だが、太陽の光の具合で言うと、このあたりは午後に訪れた方が良い。
そして、サンタンンジョロ城からサン・ピエトロ寺院へ。
ここでは、内部の見学を行なう。
(昨日は、謁見する大ホールしか入らなかったので)
さすがに、世界に君臨するカトリック教の大本山である。すごい!!
(観光客も凄い数だが。。。。。)

昼食後、午後は、ネヴィツィア広場、フォロ・ロマーノを見学後、「サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ教会」を見る。
キリストの2番目の弟子が、サン・パオロであり、彼が眠る教会である。(ちなみに、1番弟子がサン・ピエトロである)
ここは、余り知られていない(?)が、素晴らしい教会である。(一見の価値あり・・・)
最後に、コロッセオで下車して外側を見学。

一旦町中に戻り、スペイン階段周辺のショッピング街を散策(家内と娘はショッピングが目的)。
レストランで外食して、ホテルに戻る。
1日中、良く歩いた。。。。疲れたぁ〜〜〜〜〜〜。
バタン・キュー(笑)

「今日の写真」を、どうぞ。
2009年09月23日(水) 晴れ 2186
今日の天気も、晴れ。
「おやじ」55歳の誕生日である。

朝からローマ中央駅(テルミニ駅)近くの某旅行社から「ローマ法王謁見ツアー」に参加する。
毎週水曜日に開かれており、しかも、もちろんローマ法王が居ないと実施できないものである。
日本語を話すイタリア人のガイドさんのもと、「サン・ピエトロ寺院」横の大ホールにて「ローマ法王」と会えるのだ。
朝から多くの観光客などでごった返していた。
この日、世界中からのカトリック信者と観光客で10,000人くらい収容(多分・・・?)の大ホールは満席。
10時30分のローマ法王の登場に、すでに9時ごろから待っているわけである。
待っている間にも、世界各地から来ているグループが、歌を歌う練習とか、色んなパフォーマンスをしている。
(イタリア各地はもとより、ドイツ、スペイン、メキシコ、アルゼンチン、カナダ、イギリス、ポーランド、などなど・・・・)

10時30分のローマ法王の登場では、大ホールの場内は拍手と歓声で、まるで世界的なスーパースターの登場と同じ。(笑)
そして、世界各地から来ているカトリック教会、カトリック神学校、カトリック信者のグループを大司教がそれぞれの言葉で紹介する。
(前もって、知らせているようだ)
すると、その名前を呼ばれたグループは大声をあげ、時には、歌を歌う。
その都度、ローマ法王がそのグループに対して手を挙げる。
その合間に「スイスに住む安東一郎さん、お誕生日おめでとう。これからも素晴らしい人生を歩まれるように・・・」と、ローマ法王が言った
ように(?)思う。
ローマ法王は、元々ドイツ人だが、ラテン語、イタリア語、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語などで、その都度話しをしていた。
(ローマ法王はバカじゃできない。すごい!!! 但し、日本語、韓国語、中国語、イスラム語などはなかったが・・・・・)

12時ごろまでの約1時間30分間。ローマ方法は、全ての参列者に挨拶をし、そして大司教が話しをし、そして今日会場に来ている中でも
特に壇上に上がれる人々(VIP ?)とそれぞれ挨拶をしていた。
(これが、謁見というものだろう・・・・・)

やがて、外に出て、サン・ピエトロ寺院近くのレストランで食事をしたら、まさに観光客料金で高かった!!
その後、歩いて、ヴァチカン市国から「サンタンジェロ城」〜「パンテオン」〜「トレヴィの泉」〜「スペイン階段」などの観光地を周り、そして
タクシーでホテルに戻る。
夕食はホテルのレストランで取るが、そこで、小さいが家族がレストランに頼んでバースデーケーキを用意してくれて、家族で55歳の
誕生日を祝ってくれた。(涙・・・)

バースデー・プレゼントには、子供たちからは私の気にいっているサングラスを。
家内からは、ナビゲータをもらい、今回の旅行で、どちらも役に立っている。。。。(笑)

「今日の写真」をどうぞ。
2009年09月22日(火) 晴れ 2185
今日の天気は、晴れ。
昨夜「飛び込み」で宿泊した小さな港町。
朝起きてみると、綺麗な景色だった。

朝から散策して、午前10時にここを出発、一路「斜塔」で有名な「ピサ」を目指す。
ここへは、何年振りだろうか・・・・?
前回は、到着が閉館後だったので中には入れなかったが、今回はちゃんと見れた。
ここでは、「お約束」の写真を撮る。(観光客の誰もが同じようなポーズで写真を撮っていた。。。。。笑)

その後、高速道路をローマに向かい。
空港近くのホテルにチェックインし、タクシーで市内に向かう。
市内中心地のホテルは高く、駐車場もなかなか近くにない。しかも、ローマのような大都会を車で走ると、時間ばかりかかって仕方ないし、
しかも、なかなか道が分かりづらい。。。。
ということで、今夜から4泊は空港近くのホテルを予約していた。
(ここからタクシーで通うが、それでも市内のホテルに宿泊するよりも、経済的だし、広いホテルに宿泊することができる)

到着日当日の今夜は「カンツォーネとディナー」の某社主催のオプショナルツアーに参加した。(手っ取り早く。。。。。。笑)
日本人団体客だけでなくイタリア人の団体さんも来ていたが、歌手が日本人客慣れしており、カメラを向けると必ず「Vサイン」をするのだ。
(いやぁ〜〜〜〜そこまで慣れるか〜〜〜〜てな感じだった。。。。)
しかし、歌は上手だった。。。。
そして、ホテルに戻って来ては、バタン・キューだった。(笑)

「今日の走行距離は、430km(所要時間7時間/観光見学を含む)だった。

「今日の写真」を、どうぞ。
2009年09月21日(月) 曇り/晴れ 2184
今日の天気は、晴れ。
午前08時の気温は、+19℃。

今日からイタリアのローマへ家族旅行に出発する。
グリンデルワルトを午前09時すぎに車で出発。途中、ベルン郊外で寄り道をしてから南下する。
カンデルシュテッグ〜ゴッペンシュタイン間のカートレインを利用し、シンプロン峠を越えて、イタリア領のドモドッソラへ。
(週末だと、カンデルシュテッグ〜イセーレ間のカートレインがあるのだが、平日なのでそれは走っていない)

高速道路を一路南下して、ジェノバ経由で「LA SPEZIA」(ここは、コンテナ・センターでもあり、海軍基地でもあるようだ)近くの小さな
海岸の町LERICIにやって来て、そこにあるホテルに飛び込みで宿泊する。
それこそ、日本人など絶対に来ない!(と断言。。。。笑)小さな町である。
夕食は、町の中心地にあるイタリアン・レストランで、もちろん、シーフードである。。。。

4人での家族旅行は、それこそ、アメリカ東海岸(2006年05月以来なので、3年と4カ月ぶりだと思う・・・・)なので、嬉しい。。。
本日の走行距離は、588kmで、ある。

「今日の写真」を、どうぞ。
2009年09月20日(日) 曇り/晴れ *** 2183
今日の天気は、くもり空。
やがて晴れ間が広がったが、夕方からまた雲が多くなった。
午前08時の気温は、+20℃。

3名のご家族をハイキングとユングフラウヨッホ観光にご案内する。
電車でグルントに下り、メンリッヒェン・バーンでメンリヒェンへ。
ガスで一面真っ白!!
クライネ・シャイデックまでのハイキングでも、途中までは真白な中を歩く。
やがて、クライネ・シャイデックに到着するころからガスが取れ始め、そしてアイガー、メンヒ、ユングフラウの三山が一望に。
登山電車でユングフラウヨッホに上がると、風は強いが青空で景色が良く見えた。
観光後、電車にてグリンデルワルトまで戻って来る。

今日は、お昼に近い登山電車でユングフラウヨッホに上がったが、いや〜〜〜インド人の多さにビックリ!!
(インド人も団体ツアーで来ているグループと、個人で来ている家族も居て、まあ、日本人と同じである)
とにかく、団体はうるさい。
しかも、ユングフラウヨッホのレストランで団体用のカレーの食事をするので、カレーの匂いが駅構内一面に臭っていて、正直言って
こんな場所では、いい匂いではない。。。。
最近は、中東からの個人客(と言っても、団体に近いが。。。。一夫多妻制なので・・・)も多く見るようになった。
まあ、オイルマネーでしょう。。。。。

日本人は、シルバー・ウィーク(と最近言うそうだが。。。。。)の影響と、多分、チャーター便のせいか、地方からの中高年客が多くなって
いる。。。

ところで、おやじと家族は明日からローマに行きます。
もしかしたら、「おやじのつぶやき」が、滞るかも知れませんが、、、、お許しを。
(グリンデルワルトに戻って来るのは、09月27日(日) の予定です。。。。)
2009年09月19日(土) 晴れ/曇り *** 2182
今日の天気は、晴れ、ときどき曇り。
午前08時の気温は、+17℃。

昨日空港でお出迎えしたお客様がユングフラウヨッホ観光から戻って来るのを待ってラウターブルンネン駅へお出迎えに行き、そのまま
ルッツェルン近くの会社へお送りする。(会社で仕事があるようだ)
そして、グリンデルワルトへと戻って来る。

さて、スイスのニュースから・・・
『2009/09/20 - 15:25 穏やかな老後を「老馬ホーム」で

馬たちが静かに余生を送る「老馬ホーム」がスイスのジュラ州にある。
緑の草がなだらかなジュラの大地を覆う地にそれはある。
このホームを構想したのは作家で乗馬を趣味にしていたベルンのハンス・シュバルツ氏。
1958年に「馬の基金 ( La fondation pour le cheval ) 」を創設した。馬を主体にポニー、ロバ160頭が20 人の飼育係に見守られ、野生に
戻ったような生活を送る。

冬の雪が降る日でも放牧
 「元の飼い主が3、4カ月後に再訪問し、馬の名前を呼んでもこちらを振り向かず、仲間と楽しそうにしていた。良かった。これで安心した。
ここに打ち解け、野生に近い状態で暮らしていると、語ってくれるときが一番うれしい」と3カ所に分散するホームの本部、
「ロズレ( Roselet ) 」で馬の世話係長を務めるフランシス・シュリッドゲー氏は話す。

 馬の飼い主にはふたつのタイプがある。馬を競走馬としか見なさず、走れなくなると殺して新しく買い換えるタイプと、馬を慈しみペットと
しても長く飼うタイプ。ここに来る馬のほとんどが後者の飼い主から預けられる。長く飼いたいが、自分も馬も年を取り維持できないという
理由が多い。またサーカスや軍で任務を終えたり、破産した馬の飼育者から依頼されたりといった例もある。

 「冬の雪が降る日でも朝9時から夕方5時までは放牧。春、秋の穏やかな気候のときは、2日間ノンストップで放牧し、健康チェックや
ブラシがけをしたらまた放牧を続ける」というのがこのホームの方針だ。
高齢馬の大敵は膝などの関節症で、これには動くのが一番の治療法だ。朝、足を引きずっていても運動をすればば夕方には治っている
という。

 馬は2頭から3頭の小グループを作り、広々とした草原でほとんど野生に帰ったような生活を送る。しかし、初めてホームに来て仲間
入りするのは難しい。まずグループから遠く離れ、少しずつその距離を狭め3日間から10日間で小グループに認められる。が、その後
リーダー的性格の馬は大変だ。小グループから構成される60頭の大グループの中で目立ちたがり、まとめ役のボスから蹴られて
大けがをしたこともあったとか。
 しかし、美しい出会いもある。親友ができたり、カップルが登場したりする。「カップルの場合は厩舎内の2頭入れる馬房に入れる」という。

馬との語らい
 「一番よく馬たちが見えるのはここから」と案内されたのは、ホームのレストランのテラス。なだらかな草原が広がり、モミの大木が
あちこちに日陰を作る中で馬たちが草を食んでいる。遠くには寝そべった牛も見える夢のように穏やかな景色だ。

 ここにはたくさんの人が観光としても訪れる。「馬を見ると自分も静かになる」と多くの人が話すという。
中には、ほとんど毎週来て夕方厩舎に戻った馬と話をする人もいる。
「精神的障害のある男の子がいて、この子は冬には毎日のように来る。馬はまるで話が分かるように首を前に出し聞き入っているように
見える」とシュリッドゲー氏は言う。

 馬が好きな人は里親になることもできる。ホームで気に入った馬を選び、いくらか寄付金を払い里親契約をすると、年に数回その馬
についての報告書が届く上、ここに来る楽しみも増える。

死に直面すること
 この仕事で一番つらいのは、やはり死に直面するときだ。
「いつも空腹のフリッツは、ほかの馬のえさを頂戴しようと厩舎内を絶えずうろついていた。こら、フリッツまたそこにいるかと、怒鳴るのが
習慣になっていたが、あいつが死んでからは、空っぽになった気がする」とシュリッドゲー氏は遠くに目をやる。

 しかし、ここにはどの時点で安楽死を決定するか、はっきりとした基準がある。自分の歯で草や干し草を食べられなくなること、ほかの
仲間の動きに同じリズムでついていけなくなること、の2点だ。
「しかし、この決定はとてもつらい。春になるまで待とう。きっと元気が出てくると誰かが言うと、殺さないで春を待つ。
困難な決定なので5人全員の意見が一致するまで待つという原則を守っている」

 安楽死が決定された場合、元の飼い主には、その後の遺体処理が問われる。肉を食用に提供するという選択肢もあるそうだが、火葬が
ほとんどだ。一度、殺された馬が引きずり出されたのを見て泣き崩れた飼い主がいた。
そのときから「動物とはいえ、死後、物のように扱っていいのか」という疑問が湧き、今、元の飼い主と葬儀を行うべきかと考えている。
 しかし葬儀を行うとなると、飼い主を慰めるなどの精神的ケアは我々の仕事ではないし、とシュリッドゲー氏の迷いは尽きない。
里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 、ル・ロズレにて、swissinfo.ch、』
http://www.swissinfo.ch/jpn/front.html?siteSect=105&sid=11231804&cKey=1253198117000&ty=st

だ、そうだ。
多分、日本にも同じような施設はあるだろう。
特に、北海道の帯広あたりに。。。。
人間も、動物も、最後は寂しい。厳しい。
どのように過ごすか、、、、、そらが問題でもある。
一番高齢の38歳のポニー、サンタ・ルチアと
一緒にポーズを取るフランシス・シュリッドゲー氏
2009年09月18日(金) 晴れ/曇り *** 2181
今日の天気は、晴れ。
久しぶりの青空である。
午前08時の気温は、+19℃。

午後からチューリッヒ空港にお客さまを迎えに行く。

さて、スイスのニュースから・・・
『2009/09/17 - 8:50 携帯電話を体温で充電

 ヨーロッパの15%をまかなう太陽光発電9月16日、「2009年スイス・エレクトリックリサーチ賞」が発表された。
受賞したのはヴルフ・グラッツ氏で、賞金2万5000フラン ( 約220万円 ) が授与された。
連邦工科大学チューリヒ校 ( ETHZ ) に籍を置くグラッツ氏は、人間の体温を利用して携帯電話の電池を充電できる発電機を開発した。
「スイス・エレクトリックリサーチ ( swisselectric reserch ) 」によると、35歳のエンジニア、グラッツ氏は熱発電機の新しい製造方法を
開発した。この発電機は熱源とその周囲の温度差を利用して電気を作る。

製造費を10分の1に抑える
 グラッツ氏の発電機を使うと、例えばセントラルヒーティングや自動車のエンジンの余熱から家事や自動車用電子機器に必要な電気を
得ることができる。車ではこの方法でガソリン代を約1割節約することができるという。
 グラッツ氏は、熱電発電材料を直接プラスチックフィルムに塗布した。これにより、従来の発電機に比べて数多くのメリットが得られた。

 まず、発電機の製造費が10分の1に抑えられた。
発電機は薄くて柔軟なため、凹凸のある表面に取り付けることも可能だ。さらに、この発電機は摂氏200度以下の低温熱でも利用できる。
これらの特徴から、いずれは体温で発電させて、例えば携帯電話の電池を充電することも可能になる。
 グラッツ氏は博士号を取得するための研究でこの新しい発電機を開発した。
現在、特許も申請中だ。グラッツ氏は有限会社「グリーンTEG ( green TEG ) 」社を設立し、2年以内にこの技術を製品化するつもりだ。
swissinfo.ch、外電』
http://www.swissinfo.ch/jpn/front.html?siteSect=108&sid=11228868&cKey=1253262311000&ty=st

だ、そうだ。
体温で充電とは、、、、まさに、夢だね。
さらに余熱からでも充電できるというのだから。。。。素晴らしい!!
マイクロ熱発電機の試作品。
小さいだけではなく、柔軟でもある
2009年09月17日(木) 曇り *** 2180
今日の天気も、曇り。
午前08時の気温は、+17℃。
事務所での仕事を行なう。

さて、スイスにニュースから・・・
『2009/09/17 - 15:26 ロシア スイスへ歴史的訪問
 9月21日と22日の2日間、ロシアからドミトリー・メドベージェフ大統領がスイスを訪問する。
約200年前に始まった両国の国交史上初めての公式訪問だ。

スイスの国務長官ミヒャエル・アムビュール氏は今回の訪問について「重要なパートナーとの関係が強化されること」を期待し
「冷戦時代のイメージに戻るのではなく、時代に即したロシア像を作り上げることに努力したい」と抱負を語った。

実は似た者同士
 アムビュール氏はセミナー「フォーラム東−西 ( Forum Ost-West ) 」の中でスイスとロシアの関係について
「現在、変化の途上にあるロシアは、ソ連崩壊後、政治、経済、社会の構造を新しく整えなければならない。このため、緊張や非難が
起こっている。よって、政治指導力の責任、法治国家としての責任、人権保護への責任はこれまで以上に大きい」と語った。

 自然資源を豊富に埋蔵するロシアはスイスにとって、重要な経済パートナーだ。
2000年以来、スイスの対ロシア輸出は4倍になり、2008年現在で30億フラン ( 約2600億円 ) に上った。ロシアからの輸入は10億
フラン ( 約870億円 ) になる。
「ロシアは経済的に非常に重要なパートナーだが、政治的にも重要な国だ。ロシアはわたしたちが住む地球スケールでのすべての重要な
問題について 中心的な役割を担っている。特に 国際連合 ( UNO ) でのロシアの存在は重要だ」とアムビュール氏は語る。

 一方ロシアはスイスについて、永世中立国であり、欧州連合 ( EU ) や北大西洋条約機構 ( NATO ) の非加盟国であることを評価して
いるという。
「全く立場が違う両国だが、おもしろいことにEUとの経済関係に関しては同じような立場にある。もっとも、スイスはロシアとは違い、EUに
より深く融合しているわけだが」とアムビュール氏は指摘する。

対話が戦略
 ミシュリン・カルミ・レ外務相は2007年、モスクワで両国の協力についての20項目にわたる了解覚書 ( MOU ) にサインをした。
核となっているのは定期的な専門分野内での会議で、2009年には既に7つの会議が催された。この中で両国は、国連改革やヨーロッパ
政策における意見交換をした。ロシアではまだ批准されてない欧州人権条約第14条 ( 差別の禁止 ) についても意見が交わされたとみら
れる。

 今回のメドベージェフ大統領訪問でも、ロシアの人権侵害について触れることになるかについては
「両国にとって重要であるすべての問題について相互に触れることになる」とアムビュール氏は答えた。

 両国の専門家による定期的な話し合いの場を通しスイスは「対局の立場への理解を深めることができた。よって、例えばコソボの独立に
ついて、認めるスイスと認めないロシアという違いが大きな対立要素にはならない」という。お互いの理解があれば「重要な項目で立場が
違うことは全く問題ではない。良好な交友関係にあれば関係は絶たれない」

UBSの例
 アムビュール氏によると両国が信頼関係にあることは、2008年8月のグルジア戦争勃発後、ロシアがスイスに対しグルジア政府との
仲介役になるよう要請してきたことでも分かる。「これが両国の理解を深める要素になった」という。

スイスは現在、ロシアとグルジア両国の利益代表国としての役割を担っているが、すでにスイスはイランで1981年以来、アメリカ政府の
利益代表を務めている。こうしたスイスの役割が、例えばスイスの銀行最大手UBSがアメリカで窮地に立った事件での政治的解決に役に
立ったという。アムビュール氏は、ロシアともこうした形で関係を保てば、将来スイスにとって強い味方になってくれると見ている。

 アンドレアス・カイザー、swissinfo.ch  ( ドイツ語からの翻訳、佐藤夕美 )』
http://www.swissinfo.ch/jpn/front.html?siteSect=108&sid=11217096&cKey=1253008750000&ty=st
だ、そうだ。。。
ロシア(元ソビエト連邦も含む)からの公式訪問団が200年目にして初めて、、、というのにビックリ。。。。
最近は、ロシア人観光客も増えており、まさか、今まで一度も公式訪問がなかった、、、とは・・・・。

夜には、知人が我が家を訪問。
ラクレットの夕食をとる。
知人が我が家を訪問 ラクレットの夕食
2009年09月16日(水) 曇り/小雨 *** 2179
今日の天気も、曇り、ときどき小雨模様。
アイガーなどの山々には、新雪が積もっている。
午前08時の気温は、+15℃。

さて、日本では民主党が圧倒的な議席を取って、鳩山氏率いる新しい政府が樹立されたが、それはスイスでもニュースとして報道されて
いる。そして、スイスでも今日の早朝からスイステレビの特番で国会中継が放送されていた。
それは、新しい閣僚の選挙である。

『2009/09/16 - 14:07 スイス 新閣僚誕生

パスカル・クシュパン内務相の辞任に伴い、新閣僚選出の選挙が9月16日、全州議会 ( 上院 ) と国民議会( 下院 )による
合同連邦議会で行われ、急進民主党のディディエ・ブルカルテール氏が当選した。


ブルカルテール氏の当選で、7人で構成されるスイス内閣は、これまで通りの党配分となり、フランス語圏の閣僚が2人という配分も維持
される。また、スイス政府の特徴である7人の閣僚が同等の権限を持ち話し合いで政策を決定する合議制が、まずは保たれたと見られて
いる。

バランスのとれた安定性
 今回の選挙では、ドイツ語圏からキリスト教民主党 ( CVP/PDC ) が推すウルス・シュヴァラー氏と、フランス語圏からディディエ・
ブルカルテール氏とクリスチャアン・リュセール氏の2人がそれぞれ急進民主党 ( FDP/PRD ) の推薦を受け立候補し、 特にシュヴァラー
氏とブルカルテール氏の接戦が予想されていた。また、イタリア語圏からは、同じく急進民主党のディック・マルティ氏が立候補していた。

 選挙は過半数を得る立候補者がなかなか出ず、4回行なわれ、結局ブルカルテール氏が有効投票数239票のうち、過半数の129票を
得て当選した。対するシュヴァラー氏は106票だった。

 「スイスは新しい時代に突入している。今こそスイスは、4つの異なる国語を大切にし、意見や文化の多様性を尊重した、バランスの
とれた安定性を必要としている」と、ブルカルテール氏は就任演説で語った。
合同議会終了後のインタビューでも、
「当初、クシュパン内務相の後を継ぎ急進民主党から直ちに立候補する気持ちはなかったが、その後スイスには改革と安定性が今こそ
必要だという信念から、立候補に応じた」と述べた。

 一方、落選したシュヴァラー氏は、
「第3回目の選挙後リュセール氏が候補から降りた時点で、国民党 ( SVP/UDC ) がブルカルテール氏支持に回ることは分かっていたが、
残念だ。今後、もし、11月1日からブルカルテール氏がクシュパン内務相の後を継ぐとなると、( 健康保険制度など ) 重要な問題が
山積みされている。がんばって欲しい」と語った。

合議制の重要性
 今回の選挙ほど、合議制の大切さが叫ばれたことはない。
スイスでは、1848年憲法制定により内閣が樹立された後の10年間は、急進民主党 が7人の閣僚の座をすべて占める単独政府だった。
その後、キリスト教民主党 、社会民主党 ( SP/PS ) などが加わり、1959年以降は急進民主党、キリスト教民主党、社会民主党から
2人ずつ、国民党から1人という政党配分が40年間続いた。

 この安定した配分は不文律で「魔法の公式」と呼ばれたが、2003年に国民議会での国民党の議員数が増えたことを背景に、キリスト教
民主党が1席を国民党に譲り、魔法の公式は崩れた。こうした変化により、スムーズに行われていた「7人の閣僚が同じ権限を持ち政策を
決定する」という合議制も、崩れつつあった。

 今回もし、シュヴァラー氏が当選しキリスト教民主党が1席を取り戻せば、伝統ある急進民主党がわずか1席になるという危惧が、急進
民主党にはあり、同党を支持する国民党と共に合議制の維持を強く訴えた。
一方、キリスト教民主党と同党の候補者を支持する社会民主党は、たとえどの候補者が当選しようと合議制は保持されると客観的だった。
 左派の緑の党 ( Grun/Les verts ) と社会民主党はともに強く、シュヴァラー氏を支持していたが、つまるところ、フランス語圏からの
候補者でもあり急進民主党のブルカルテール氏が、言語のバランス ( 伝統的に2人の大臣はフランス語圏出身 ) と合議制維持のために
妥当な大臣だと合同連邦議会は判断を下した。 里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 、swissinfo.ch』
http://www.swissinfo.ch/jpn/front.html?siteSect=105&sid=11224257&cKey=1253108324000&ty=st

だ、そうだ。
日本の議会とスイスの議会では、内容も歴史も生い立ちも異なるので比べようもないが、最後は4つの言葉を持つというスイス独特のこと
なのだろうか。

ラジオ番組で、これら4人の立候補者に面白い質問をしていた。
「あなたは、パンやミルクを買う時には、コープですか、ミグロですか?」
「あなたは、プレイステーションを持っていますか?」
「あなたは、携帯電話の電源を切ることはありますか?」
「あなたは、コンピューターで無料の音楽をダウンロードしたことはありますか?」
などなど。。。。。
1番の質問では、4人とも全員が「コープで買います」と言うのが印象的だった。
(日本だったら、どちらでも買います・・・と言うだろうに・・・・)
3本の指を掲げ、新閣僚就任の宣誓を行なう
ディディエ・ブルカルテール氏
2009年09月15日(火) 曇り *** 2178
今日の天気は、曇り空。
午前08時の気温は、+13℃。
最近は、やはり秋の様子か、朝の気温も低いし、寒い。
(昼間は太陽が出ると暖かいのだが・・・)
事務所での仕事、そして自宅での仕事を行なう。

さて、スイスのニュースから・・・
『2009/09/13 - 15:26  スイスでも白熱電球禁止へ

電球の電力消費量は、スイスの家庭での全電力消費量の15%を占める。明りの分野でエネルギーを節約し、省エネランプへ
移行することは、環境問題において非常に重要だ。


8割も電力を節約
 欧州連合 ( EU ) は2009年9月1日から、100ワット白熱電球の製造停止と輸入のストップを行った。また、2012年までには全ての
白熱電球が使用禁止になる。白熱電球にとって代わるのが、蛍光灯、電球型蛍光ランプ、ハロゲンランプなどの省エネランプ。
8割も電力を節約できる。

一方EUに属さないスイスは、
「連邦政府は、2009年の初めにすでにスイスの電球に関する新しい規定を設定した。スイスは EU と方法は異なるが結果としては同じ
地点に到達する」と連邦エネルギー局 ( BFE / OFEV ) の広報担当、マリアンヌ・ツゥント氏は解説する。
スイスは、2009年1月1日から、白熱電球の中でも効率の悪いF、 G のカテゴリー( Aが最も効率が良い ) の販売を禁止した。さらに、
100ワットランプについては、EUと2010年9月から足並みを揃え、2012年からは、Dカテゴリーに属するものだけが販売を許可される。

EUと異なるのは、スイスでは販売店にある在庫品を販売できないことだ。
しかし、大型の販売店は独自の路線を行き、例えば大手スーパーマーケット「コープ ( Coop )」はEUの規定に従い、「ミグロ ( Migors ) 」は
全ての白熱電球の販売を禁止し、両スーパーとも省エネランプ販売に力を入れる。

長期的には節約
 一方、環境保護団体「世界自然保護基金 ( WWF ) 」の消費、生活スタイル課長、フェリックス・マイヤー氏は、
「省エネランプへの移行で、スイスの家庭の電気消費を10%から15%節約できるとしたら、それは大きいことだ。もちろん環境保護にも
繋がる。省エネランプは多少高額だが耐久性があるので、長期的にみれば、1つの電球につき100フラン ( 約8700円 ) は節約できる。
消費者はできるだけ早く、省エネランプを買うべきだ」と語る。
WWFによれば、スイスで現在販売されている電球の15%から20%が、省エネランプだという。

 ただ、人々の中には古い電球に対する郷愁のようなものもあり、コープではわずかに古い電球の販売がこのところ伸びた。
「省エネランプへの移行は新しいもので、一般の消費者はそれに慣れる必要がある。新しい技術が導入されたときには、いつもそうだが
時間がかかる」とツゥント氏は語る。

95%が熱となって消える
 伝統的な白熱電球は、1879年にトマス・エジソンが発明した当時から、ほとんど進歩していない。
50年前に効率性の進歩は限界に達し、現在の白熱電球は、エネルギーの95%が熱となって消え、残る5%のみが光に変わる。

 省エネランプへの移行を決定したのは、スイスやEUだけではない。オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、フィリピンなども白熱電球
を禁止するか、販売に制限を加えると発表している。
「世界的規模から見ると、省エネランプへの移行は非常に大切なことだ。世界のエネルギーのおよそ2割が光に使われている現状で、
もし省エネランプ使用で支障がなく、白熱電球より8割も電力を節約できるのなら、これほど良いエネルギー節約方法はない」とマイヤー
氏は省エネランプへの移行を力説する。 swissinfo.ch、イザベル・レイボルド・ジョンソン ( 英語からの翻訳、里信邦子)』
http://www.swissinfo.ch/jpn/front.html?siteSect=108&sid=11200635&cKey=1252664177000&ty=st

だ、そうだ。
トーマス・エジソンさんが発明した電球で人間の歴史が変わっただろう。
そして、今、その電球がなくなろうとしている。
時代の変化は、忙しい。。。。
こうしたタイプの電球は姿を消していく
2009年09月14日(月) 曇り/晴れ 2177
今日のクールの天気も、曇り空。
ホテルをチェックアウトして、車でアルブラ渓谷へ。
ここでベルニナ急行などを撮影し、ベルギュン付近では氷河急行などの列車を撮影。
午後には、再び、クールの町に戻って来て、市内の実景を撮影する。
そして、撮影を終了し、チューリッヒ空港のホテルに取材クルーをお送りして、今回の撮影の仕事を終了する。

なお、今回のSLも含めて、様々なビデオを制作、販売しているようだ。
潟sーエスジー
http://www.psg-soft.com

「今日の写真」を、どうぞ。
2009年09月13日(日) 雨/曇り/晴れ 2176
クールの朝は、雨模様。その後、曇りとなり、場所によって晴れ間に変わる。
朝から取材クルーを乗せて、ランドクオーツの駅に向かう。
ここで、SLの運転(催し物)が行なわれる。

取材クルーは、5人いて、それぞれ駅での出発シーン、途中の走行シーンなど、何か所かに分散して撮影する。
1つの撮影が終了すると、さらに次の場所へと移動する。
車は2台で、それぞれ分散して乗車する。
ランドクオーツからクロスターを経由してダヴォスへ向かう。

お昼には、ダヴォスに到着し、ここでお昼時間となる。
SLの機関手たちも乗務員も、そして乗客もお昼ご飯である。
午後には、ダヴォスからフィリズール、チュシス、そしてクールにランドクオーツへと戻る1日行程である。

実は、おやじは小学校、中学校と鉄道少年だった!!
毎週日曜日には大阪駅、新大阪駅、京都駅のホームに立ち、近くの吹田操車場、鳥飼新幹線車庫にはよく通ったものだ。(笑)
そして、高校時代には鉄道研究部を設立し、学校祭でも展示した。
さらに、北は北海道から南は九州までSLを追っかけて、夏休みも冬休みもSLを写し続けていた。
写真部の友達から写真技術や写真の焼き方を習い、深夜の風呂場で白黒写真を焼いた。
パネルも作った。。。。
懐かしい昔を思い出した。。。。。(笑)

「今日の写真」を、どうぞ。
2009年09月12日(土) 晴れ/曇り 2175
今日の天気も、晴れ、曇り、場所によって雨。
朝の8時30分に取材班と合流し、ロケハン(下見)に出発する。
この取材班とは、先日(08日の火曜日)に、チューリッヒ空港で出迎えて、クールまでお送りしたチームである。
13日にイベントとしてSLが走る。そのSLを撮影するために日本から来たチームである。
そのSLが走る同じルートを車で走り、撮影する場所のポイントの下見である。

ランドクオーツ〜クロスター〜ダヴォス〜フィリズール〜チューシス〜クール〜ランドクオーツの一周コースである。
徐々に天気が悪くなっており、今いちの天気だった。

「今日の写真」を、どうぞ。
2009年09月11日(金) 晴れ 2174
今日の天気も、晴れ。
マッターホルンがくっきりと見える。しかし、昨日よりも雲の数が多いようだ。

一旦、ホテルをチェックアウトして、登山電車でツェルマットに下る。
(荷物は、フロントに預けておけば、ツェルマットまで運んでくれて、そこで保管しておいてくれる。さすが、5つ星ホテルである・・・)
そこで、地下ケーブルカーで標高2288mのスネガに上がり、そこからゴンドラとロープウェイを乗り継いで標高3103mのロートホルンへ。
(この当たりも名前が変わっており、スネガは「スネガ・パラダイス」、ロートホルンは、「ロートホルン・パラダイス」と、言う)

風が強く、気温が低い。
一旦、標高2571mのブラウヘルドまでロープウェイで下り、そしてスネガまでの「マーモット・ヴェーグ」をハイキングで下る。
スネガで昼食後、ツェルマットに戻り、電車でテッシュへ。
車に乗ってグリンデルワルトまで帰って来る。

そこで、スーツケースの荷物を入れ替えて、おやじは再び車でクールへ向かう。
(所要時間、約3時間15分。走行距離約250km)
明日から始まるビデオ撮影の取材のためにクールに宿泊する。

「今日の写真」を、どうぞ。
2009年09月10日(木) 晴れ 2173
今日の天気も、晴れ。
標高2222mの気温は分からないが、マッターホルンの朝焼けが綺麗だった。
ゆっくりと朝食をとってから一旦ツェルマットに電車で下り、そしてゴンドラとロープウェイに乗って標高3883mのクライン・マッターホルンに
上がる。(最近、ここは名前が変わっており、現在では「マッターホルン・グレッシャー・パラダイス」と、言う)
ここでは、山頂レストランとショップを建築中で、完成したレストランでは、中国人のコックがいて、ラーメンなどの中華メニューが
あった。その後、フーリからシュバルツゼー(標高2583m)に上がり、昼食。
(ここも名前が変わっており、現在では「シュバルツゼー・パラダイス」と、言う)
そして、ツムット経由でツェルマットへとハイキングで歩いて下りる。

リッフェルアルプ・リゾート・ホテルは、標高2222mの高さにありながら、屋外プールや屋内プールを含むフィットネスも充実しており、
マッターホルンを目の前にリラックスした時間を過ごすことができる。

ちなみに、このホテルの支配人夫婦とはゴルフも一緒にしたが、奥さんの両親がおやじの長女(仁子)のゴッドマザーとゴッドファザーでも
ある。(グリンデルワルトのホテル・レギーナの元支配人夫婦である)

「今日の写真」を、どうぞ。
2009年09月09日(水) 晴れ 2172
今日の天気も、晴れ。
午前08時の気温は、+13℃。

今日から3日間、ツェルマットに向かう。
ツェルマットにある標高2222mの5つ星ホテル「リッフェルアルプ・リゾート」から招待を受けており、行く。
テッシュまで車で向かい、そこから登山電車でツェルマットへ。
ここで、観光局長のルッケン氏と会い、話をして(先日、弟の結婚式で会って以来だが)、その後、ツェルマットの村長と会って、話しをする。
そして、登山電車でリッフェルアルプ・リゾートへ。
標高2222mという高い場所にある5つ星ホテルは、最低2泊以上でないと、宿泊予約ができない。
つまり、1泊では泊った意味がないのである。(慌ただしいだけ。。。。。)

夕焼けのマッターホルンなどの景色を堪能する。

「今日の写真」を、どうぞ。
2009年09月08日(火) 晴れ *** 2171
今日の天気も、晴れ。
午前08時の気温は、+13℃。

午後から、車でチューリッヒ空港に向かう。
そして、ビデオ取材のグループを出迎え、そのままクールに。
クールでは、レーティシュ鉄道本社での打ち合わせに参加し、取材の件で話しをする。
今回の取材では、レーティッシュ鉄道のSLがメインで、13日に行なわれるイベントから私は参加することになっており、打ち合わせ後、
一旦グリンデルワルトに帰る。
2009年09月07日(月) 晴れ *** 2170
今日の天気も、晴れ。
午前08時の気温は、+13℃。

朝から2名のお客様を車でテッシュ駅までお連れする。
平日にもかかわらずに、南行きの車が混んでいた。
ナンバー・プレートをみると、スイスはもちろんだが、ドイツ、オランダ、イタリアなどの周辺の国々の車が多い。
7〜8月は夏休みの家族や子供たちが多いが、それが過ぎると年寄りが増える。
つまり、時間がある方々だ。
高い時期をやめ、安い時期に旅行に来ることができるわけである。
(いずこも、同じである・・・・・笑)

自宅にお客様を招いての夕食をとる。
おやじたちにとって、一番古いお客様でグリンデルワルトで出会ってからすでに26年である。

スイスのニュースから・・・
『スイス、労働生産性でトップ  (Mon. 24.08.2009 Smi)

 「経営環境危機情報研究所」の最新の「労働生産性世界順位」に依ると、19カ国の先進工業国の中でスイスは3位だった。
1位はシンガポール、2位は米国、3位はスイスと台湾。日本とベルギーは4位で5位はスウェーデン、続くのはオランダ、フランス。
調査基準は、生産性に対する人件費、従業員の教育水準、欠勤とストライキに起因する費用等。
整った基盤整備、労働者の教育と意欲がスイスを上位につけた。
この調査は先進工業国と発展途上国別々に行われた。(2009年8月24日付ターゲス・アンツァイガー紙)』

だ、そうだ。
ストライキの多いフランスが入っていて、ドイツが入っていないのが、、、、、意外だなぁ〜〜〜。
お客様と家族たち アイガーも真っ白に 「ラクレット」がメニュー
2009年09月06日(日) 晴れ *** 2169
今日の天気は、晴れ。真っ青な、青空である。
午前08時の気温は、+15℃。

今日はお休み。
自宅周辺の芝刈りをする予定だったが、日曜日なのでやめた。
最近は、そんなにうるさく言わなくなったものの、日曜日の音を出す作業はなるべく遠慮している。
昔(私たちがやって来た26年前)には、日曜日には、洗車しない、掃除しない、カンカン音を立てない。などなど、、、、うるさく言われたもの
だが。。。。
酪農家の方々は、昨日の土曜日は暗くなるまで草刈りをしていたが、さすがに今日は誰も働いていない。
静かなものである。。。。。

日本のニュースから・・・
『大転換、浮上か失速か 高速道路無料化 観光振興、大渋滞の懸念も   8月31日8時15分配信 フジサンケイ ビジネスアイ

 民主党のマニフェストによると、2010年度から交通量の少ない地方の高速道路を手始めに、路線ごとに利用実態を見極めながら順次、
無料化する。
 物流コスト抑制による企業活動の活性化や、観光振興にも好影響を与えそうだが、一方で大渋滞の多発で経済効果が相殺される懸念
がある。フェリーや鉄道など交通機関の利用者減につながる可能性も指摘される。
高速道路会社の料金収入は、旧道路4公団から引き継いだ債務返済に充てられており、無料となって収入がなくなるため、債務の返済
方法も課題に浮上する。

 また、ガソリン税など自動車関連の暫定税率を2010年度に廃止する方針だ。これに伴い、ガソリンは1リットル当たり約25円の値下げ
となり自動車ユーザーには朗報だが、国で1兆7000億円、地方で8000億円もの税収減となる。そうなれば、地方の公共事業に配分
される交付金などの削減につながる恐れもある。
都道府県の中には、早くも廃止による地方税の暫定税率分の減収を警戒する声があがっている。  最終更新:8月31日10時10分』
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090830-00000004-fsi-bus_all

だ、そうだ。
おやじが思うに、「無料」にすることはない。
無料にすると、用もないのに走り回る若者が増え、スピードも出すし事故も増えるし、排気ガスも増えるし、ごみも増える。
高速道路は、必要な車が走ればいいのだから、有料でもいい。
スイスでも40フラン(約4000円)払って年間走れるのだから、日本だと年間5000円でも取ればいい。
何かとお金がかかるんだから。。。。(と、思う・・・)

でも、高速道路が低速道路(挙句の果てには、渋滞道路)になる可能性が大である。
アイガー北壁 村の様子 おやじと、家族
2009年09月05日(土) 晴れ *** 2168
今日の天気は、朝はガス、やがて晴れの天気に。
午前08時の気温は、+15℃。
季節は、やはり秋。朝の気温が低くなっている。

今日は、フィルストのセント・ペトロネッラ・チャペルでの結婚式。
朝のうちはガスが出ていたが、徐々に晴れてきて、素晴らしい景色での挙式となり、新郎新婦も喜んでおられた。

午後からは、車でテッシュまで1名のお客様をお連れする。
土曜日の南行きで、混んでいるかも・・・・?との心配をしたが、予想に反して道もカートレインも空いていた。

スイスのニュースから・・・
『英国の富裕層スイスに逃避 (Thu. 27.08.2009 Smi)

 英国人富裕層のスイス特にレマン湖畔への逃避が後を絶たない。
その原因は2010年4月1日に施行される新しい税制にある。
その時点から、260,000スイスフラン以上の所得がある国民は、51%国に納税しなければならなくなる。
その他に、英国に住み外国で所得がある国民も新たに納税しなければならない。
既にスイスに居住している英国人の数について、信頼出来る情報は未だ無い。
「ソブリン・グループ」の税理士は1,000人の顧客について触れている。
「キネティック・パートナーズ社」は23の代替ファンドが既に移転していると語った。
英国の財政赤字は現在120億スイスフランに上っており、緊急歳入を必要としている。
(出典:2009年8月27日付ターゲス・アンツァイガー紙)』

だ、そうだ。
どこも、税金が高くなると外国へ逃げ出す人たちがいる。
でも、逃げ出すだけの費用を持っている人はいいが、ごく普通の国民だけが損をする。。。
ヴェッターホルン シュレックホルン
2009年09月04日(金) 曇り/雨 2167
今日の天気は、くもり空。ときどき雨模様。
午前08時の気温は、+20℃。
日中、太陽が出ると暖かいが、日陰や曇ると気温が低い。

日本のニュースから・・・
『<衆院選>民主党が単独で308議席獲得 自民は歴史的惨敗    8月31日2時18分配信 毎日新聞

 第45回衆院選は30日、投開票され、480議席のうち民主党が小選挙区と比例代表を合わせて単独で過半数(241議席)を大きく
上回り308議席を獲得した。96年の旧民主党結党以来、13年で悲願の政権交代を果たした。
93年衆院選で自民党が過半数を割り込み非自民8党派による細川連立政権が発足したが、2大政党間の政権交代は戦後初めてで、
戦後政治の大きな転換点となる。
首相指名選挙をする特別国会は9月14日の週にも開会、民主党の鳩山由紀夫代表が首相に指名され、同党を中心とした連立政権が
発足する。
 与党は自民、公明両党で公示前の計331議席から計191議席を減らし、自民党は1955年の結党以来、初めて第1党の座を失う
大惨敗を喫した。
麻生太郎首相は30日夜、NHKの報道番組で「責任を負わなければならない」と述べ、自民党総裁の辞任を表明した。
 自民党総裁の任期は9月末で、同党は特別国会後に総裁選を実施し新総裁を選出する見通しだ。
来年夏の参院選に向けて党勢の立て直しを迫られるが、新執行部にとって苦難の船出となる。

 民主党は小泉改革で広がった格差への対策として、マニフェスト(政権公約)に子ども手当の支給、高校教育の無償化、農家への
戸別所得補償、高速道路原則無料化などくらしを重視する政策を盛り込み、実現を訴えてきた。
 前回の05年衆院選で民主党は大都市部で苦戦し、東京では菅直人代表代行の1議席しか獲得できなかったが、今回は21議席を
奪取。首都圏の埼玉、千葉、神奈川でも復調を果たし、自民党が86年に獲得した戦後最多の300議席を上回った。
 民主党は、すべての常任委員会で委員長ポストを独占したうえで委員の過半数を確保できる議席数である絶対安定多数(269議席)
を超え、政権与党として安定した議会運営が可能となる。

 民主、社民、国民新、新党日本の4党では319議席で、参院で否決された法案を衆院で再可決できる320議席には達しなかったが、
民主系の無所属を加えると320議席を超えた。
 民主党は比例近畿ブロックで当選枠の数が立候補者数を2議席上回り、自民、公明両党に振り分けられた。

 自民党は景気対策の継続と自公連立政権の実績を訴えたが、国民の間に「政権交代」への期待感が広がる中、牙城としてきた地方の
小選挙区でもことごとく議席を失った。
 首相経験者では海部俊樹元首相が落選。現職閣僚では与謝野馨財務・金融担当相、野田聖子消費者行政担当相らが小選挙区で
敗れた。
 公明党も「政権交代」ムードが高まる中で苦戦を強いられ、太田昭宏代表はじめ小選挙区で立候補した8人全員が落選。
比例代表も公示前の23議席を下回った。
 自公批判を前面に出したみんなの党は公示前議席を上回った。
比例近畿ブロックと東海ブロックで当選枠の数が立候補者数を上回り、近畿では自民党に、東海では民主党にそれぞれ1議席が回った。
共産党は9議席、社民党は7議席を獲得し、それぞれ公示前議席を維持した。
国民新党も政権交代選挙の中で埋没し厳しい戦いを強いられた。【高塚保】   .最終更新:8月31日3時3分』
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090831-00000036-mai-pol

ということ。みなさんの方が情報が詳しいと思うが。
これからの政局が楽しみである。。。。

「今月の写真」を、どうぞ。

昨日の中学生の「さよならパーティ」の様子が地元の新聞に載った。
「新聞記事」を、どうぞ。
民主党の鳩山由紀夫代表
2009年09月03日(木) 曇り 2166
今日の天気は、くもり空。
場所によって、雨が降ったり、晴れ間があったり。。。。
変な天気である。

「松本市中学生訪問団」のメンバーが帰国する日である。
朝、ホームスティ家族の見送りを受けて、グリンデルワルトを出発。
短い滞在ではあったが、色んな経験をし、体験をし、多くの出会いがあって、様々な事柄を見聞きしたことだろう。。。
いつか、大きくなって再びグリンデルワルトへ遊びに戻って来る日を楽しみにしている。。。。

チューリッヒ空港では、いつもながら混んでいて、チェックインを済ませ、全員とお別れする。

「中学生の写真」(5日目)
2009年09月02日(水) 晴れ 2165
今日の天気は、くもり空。
天気予報では、午後から雨が降るという。。。

朝から登山電車にてクライネ・シャイデック経由でユングフラウヨッホへ。
観光+昼食後、アイガーグレッチャーまで降りてきて、クライネ・シャイデックまでのハイキングを行なう。

電車がグリンデルワルトに到着寸前に、雨雲が押し寄せ、ドシャ降りに。。。。
その後、雨も上がり、青空が見えていた。
夕方からは「さよならパーティー」が行なわれ、松本からの子供たちと、地元グリンデルワルトの子供たちやホームスティ・ファミリーとの
交流会が行なわれた。

「中学生の写真」(4日目)
2009年09月01日(火) 晴れ 2164
今日の天気も、晴れ。
真っ青な空。

朝からグリンデルワルトの学校を訪問する。
グリンデルワルトには5つの小学校と1つの中学校がある。(と言っても、9年制をとっているので日本とは違うが・・・・)
その中でも中心的な学校が、グリンデルワルトの村内にある「グラーベン校」である。(ホテル・サンスターの隣り)

9年生のクラスで松本市の紹介をしてもらい、その後校庭で「松本ボンボン踊り」を披露し、グリンデルワルトの中学生たちと一緒に踊る。 
その後、近くの「郷土博物館」を見学し、グリンデルワルトの住民の暮らし、酪農業、登山、スキーなどの歴史などを見る。
そして、歩いてグレッチャーシュルフト近くの「バーベキュー」のできる場所で、焼きソーセージなどの昼食をとる。
午後には、フィングシュテッグにロープウェイで上がり、ローデルバーンで楽しむ。

自由行動では、学校の友達や家族へのお土産をしっかりと買っていた。。。。
(お土産も、大変ですね・・・・・)

「中学生の写真」(3日目)