おやじの つぶやき

 グリンデルワルトに住む、安東一郎=おやじ が、特にテーマもなく、毎日の行動、思い、気持ち、その他を、とりとめなく、 
 つぶやくコーナーです。 多少、個人的、傾斜的、一方的、一面的、勝手気ままに書いていますが、お許しを。 
           「ご意見」は、こちらへ。
 
ご批判、激励、賛同、反対、その他、なんでもOKです。
 (但し、匿名のメールは無視します)
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「おやじのつぶやき」の写真一覧
「おやじのつぶやき」(2008年12月分) 「おやじのつぶやき」 表紙 「おやじのつぶやき」(2009年02月分)

2009年01月31日(土) 晴れ *** 1951
午前08時の外気温は、−5℃。
今日の朝も寒く、そしてあたり一面ガスで真白だった。
その後、徐々に晴れ間が見えてきたようだが。

今日も、3名のお客様を車でチューリッヒ空港にお連れする。
今日は、土曜日、しかも天気が良いという予報だったので、グリンデルワルトをはじめとするユングフラウ地方に向かう
反対車線の車が、じゅじゅ繋ぎで途切れることなく走っていた。
しかも、チューリッヒ空港では、昨日とは打って変わっての長蛇の列。
やはり、土曜日に移動する客が多いことがよくわかる。。。(大変だぁ〜〜〜〜〜)

スイスのニュースから・・・
『2009/01/30 - 8:14 氷河の後退3メートル

 1月29日に発表されたチューリヒ州立大学にある世界氷河観測機関の調査によると、氷河の後退はどんどん進んで
いる。特にアルプス山脈の氷河の後退が顕著で、2007年は、2.5メートルから3メートルほど薄くなったという。
イタリアのカレーゼー氷河 ( Careser )は、3.1メートルも薄くなった。
 スイスではローヌ渓谷の上部にあるグリス氷河 ( Griesgletscher ) が1.9メートル、グラウビュンデン州にあるシルヴ
レッタ氷河 ( Silvrettagletscher ) が1.4メートル薄くなった。
 しかし世界的に見た場合、2007年の後退スピードは特に速かったとはいえない。
約80カ所のデータを平均すると、氷河の後退は70センチメートルで、2006年よりスピードは遅かった。とはいえ、この
7年前で氷河は平均50センチメートル後退しており、1980年代や90年代と比較すると2倍のスピードで溶解していると
いう。

 世界氷河観測機関 (World Glacier Monitoring Service / WGMS ) は1984年、スイスの氷河観測ネットワークをモデル
にして創立された。現在、スイス人を中心として運営されている。   swissinfo、外電』
http://www.swissinfo.org/jpn/front.html?siteSect=106&sid=10264478&cKey=1233299649000&ty=st

だ、そうだ。
冬に氷河がとけている、、、と聞くと、「そうかなぁ〜?」と思ってしまうが、まあ、年間の統計だから、そういうことになるのだ
ろう。。。。
今年のスイス(ヨーロッパも?)は、気温が低いように感じる。
しかし、南半球のオーストラリアでは、毎日40数度の気温と聞くと、まるで熱帯砂漠。
死人も出ているそうだから、大変なんだろうなぁ〜〜〜と、思う。
地球は、これからどうなるんだろうね〜〜〜。。。。
氷河後退、いつまで続く?
 写真はアレッチ氷河( Aletchgletscher )
2009年01月30日(金) 晴れ *** 1950
午前08時の外気温は、−5℃。
寒い朝である。
しかし、天気は、晴れ模様。

4名のご家族を車でチューリッヒ空港にお連れする。
アジアに駐在のご家族である。
スイスでのスキー休暇を気に入った様子。
また、常連さんになっていただければ幸いである。

今日は、金曜日なのに、チューリッヒ空港のチェックイン・カウンターはガラガラであった。
道路も空いていて、スムーズに走ることができた。

グリンデルワルトに戻ると、事務所での仕事を片付けるが、あっと言う間の時間の経過である。
またまた1日が15時間くらいの早い経過である。。。。(まいったなぁ〜もう〜〜〜)

スイスのニュースから・・・
『ハドソン川の英雄:先祖はスイス人   (Thu. 22.01.2009 Smi)

 米国航空会社のパイロットでサリーと呼ばれているチェスリー・サレンバーガーは、ニューヨークのハドソン川に不時着を
成功させた後、新しい「米国の英雄」になった。
このほどサリーが、スイスの末裔である事が公けになった。
彼のスイスの先祖は「ソルベルガー」という名で、1737年にベルン州(エメン谷)のヴィニゲン村から米国に移住した。
村には今でもソルベルガーという名の人々がいて、例えばパイロットだったハンス・ソルベルガーがいる。
(出展:2009年1月22日付20分紙)』

だ、そうだ。
スイスでも、祖先が誰誰だった。。。。。というニュースは好まれるようだ。
アメリカはもともと移民の国だから、世界中の国々の人々が移住して暮らしているだろう。
しかし、歴史も200年以上も経てば、それこそ1世とか2世とかではなく、5世とか6世とか、、、あるいは、もっと古いかも?
の歴史になるわけだから、それこそ元はスイス人といっても、実際はもうアメリカ人だろうが。。。。
このパイロットの祖先も271年前に移民したわけだから、もうれっきとしたアメリカ人だと思うのだが。。。。
(まあ、日本でも故郷に錦を飾れれば、とっくに忘れ去られた人でも、一気に「おらが村の○○さん」になるだろうが。。。)
2009年01月29日(木) 晴れ *** 1949
午前08時の外気温は、−3℃。
天気は、晴れ。
今日は、1日中、事務所での仕事を行なう。

ところで、スイスのニュースから・・・
『2009/01/29 - 11:38 もう1つのダボス会議 007の悪役が活躍

 1月27日、ダボス会議と平行して、同じダボス市内で「パブリック・アイ賞」の受賞式が行われた。
これはスイスのNGO 「ベルン宣言」とスイス・グリンピースが、環境破壊など不名誉な行為を行なった企業などを「たたえる」
賞だ。
授与式でホスト役を務めたのは、最新のボンド映画で悪玉を演じたスイス人俳優アナトール・トウブマン氏。しかしこの日は
不名誉をたたえて「善玉」を演じることになった。

不名誉賞に輝いたアメリカの企業
 不名誉な賞に輝いたのは、ガーナで金の採掘を行なうアメリカの「ニューモント・マイニング ( Newmont Mining ) 」社。
受賞理由は金山周囲の環境とコミュニティー破壊したからだという。
 もう1つの、スイスの企業に贈られる不名誉な「スイス賞」は、ベルンの電気公共事業会社「ベルニシェ・クラフトベルケ
( Bernische Kraftwerke ) 」に授与された。ドイツに石炭の発電所を建設した「努力」が報われた。

 授与式でホストとして活躍したトウブマン氏は、ボンド映画の最新作「クォンタム・オブ・ソラス」で、水源などの天然資源の
完全支配を企てる悪玉の子分を演じたスイス人俳優だ。
 「企業は、環境と地域社会に対する責任を持つべきなのに多くの企業がそれを怠っている」
 とトウブマン氏は述べ、今回は「善玉」の役を演じた。

ダボス会議に関しては、多くの「パブリック・アイ賞 ( Public Eye ) 」参加者の態度とは対象的に、会議の存在を否定しない
立場で、今回の金融危機対策について、「私はラジカルではない。資本主義を崩壊させることは、現実的ではないし、また
良い変化をもたらさないと思う」と語った。』
http://www.swissinfo.org/jpn/front.html?siteSect=108&sid=10260318&cKey=1233225467000&ty=st

だ、そうだ。
海外には、ユニーク、斬新、そしてアイデアにたけた賞などがあるが、日本にはあるのだろうか?
このようなユニークな賞とか、ちょっと嫌味な(?)賞などを、やってみてはいかがだろうか・・・・?
2009年01月28日(水) 晴れ *** 1948
午前08時の外気温は、−2℃。
天気は、ガスが出ていたが、山の上は晴れている。

今日は、2名のお客様を車でツェルマットへご案内する。
もちろん、車は手前のテッシュ駅までで、そこから登山電車で15分の距離である。
ツェルマットからは、やはり登山電車でゴルナーグラートに上がる。
今日のお客様は、バリバリのスキーヤーではなく、ゆっくりと滑り、写真を撮りたいお客様なので、滑る本数は少なく、そして
写真をたくさん撮る。
真っ青な天気に、聳え立つマッターホルンに、お客様は大変喜んでおられた。
午後早めに下山し、グリンデルワルトに戻ってくる。
ゴルナーグラート・クルム マッターホルン ヴァイスホルン(右)
2009年01月27日(火) 晴れ *** 1947
午前08時の外気温は、−1℃。
天気は、くもり空だが、雲海なので、山に上がれば晴れの天気。

今日は、私の風邪が家内に移り、家内がダウン。。。。
寝込んでしまった。
若いころは、風邪ひとつ引かない女性だったが、やはり、年齢にはもう勝てなくなったのか。。。。。。(苦笑)

私は、事務所で仕事をする。
(一応、私の風邪は喉に来ているが、寝込むほどではないし、最近は風邪で寝込んだことががない。たまには、1日
寝込んでみたい気持ちはあるのだが。。。。)

スイスのニュースから・・・
『ルツェルンに市民のゴミ警官    (Thu. 22.01.2009 Smi)

 ルツェルン州では2009年2月8日に市民のゴミ警官の導入が住民投票にかけられる。
これまでスイスの州で市民の「反ポイ捨てパトロール」をしているところは無かった。
この制度で当局はポイ捨ての取締りを強化するのが狙い。
バーゼル州とベルン州では、制服の警官が罰金を徴収する以外左程の効果は見られなかった。
住民がこの法律を承認すると、ポイ捨てに対する罰金は40から300スイスフラン(約4千円から3万円)になる。
承認後法律は翌日から施行される。  (出展:2009年1月22日付ターゲス・アンツァイガー紙)』
だ、そうだ。
まあ、日本人観光客の方々は、海外ではあまりポイ捨てをしないので、問題ないとは思うが。。。。
しかし、外国人や結構スイス人もポイ捨てする人が多いので、多少の効果はあるだろう。。。。
でも、まあ、気をつけましょう。。。。。
2009年01月26日(月) 晴れ *** 1946
午前08時の外気温は、+1℃。
天気は、晴れ。
午前中は、風邪のためにダウンして、お休み。
長女から回ってきた風邪が長男に移り、そしておやじに移ってきた。
(まいったなぁ〜〜〜〜)

午後には、事務所に出て仕事をする。
週末はあんなに混んでいた駐車場は、ガラガラ。
スキー場も空いていたそうだ。

ワールド・スノー・フェスティバル」のグリンデルワルト新聞記事は、
http://www.echo-von-grindelwald.ch/artikel/?cq_*56e80872=ivxPU=87987un8

また、「スイス・インフォ」には、日本語の記事が、
http://www.swissinfo.org/jpn/news/swiss_japan/detail.html?siteSect=125&sid=10245324&cKey=1233039524000&ty=st
2009年01月25日(日) 晴れ *** 1945
午前08時の外気温は、+0℃。
天気は、快晴のスキーするにはサイコーな天気だった。が、
おやじは、仕事でチューリッヒ空港へと雪まつりに出場された松本市からの4名様を車でご案内する。

グリンデルワルトへ向かって来る車は多かったが、反対車線はガラガラで、スムーズに空港へと到着した。
その後、一旦グリンデルワルトへ戻り、休憩後、夕方には別の5名のお客様を載せて再度チューリッヒ空港に走る。
夕方の場合は、スキーを終えて家に帰るスキー客の車で渋滞が始まり、途中で何度か自然渋滞にあってしまう。
(グリンデルワルトを4時頃に出発したが、これが4時30分以降の時間だと、渋滞がもっとひどくなってしまうのだが・・・)

その5名のお客様は、ヨーロッパに駐在の方々で、まあ、年齢は20代後半〜30代前半なのだが、ホテルへ迎えに行った
際に、ちらっと聞こえた会話・・・・
「迎えのおじさんが来るから、早くしないと。。。。」
で、おじさん!!・・・・・
まあ、間違ってはいないとはいえ、おやじにとっては、大きなショックであった!!(苦笑)
2009年01月24日(土) 曇り *** 1944
午前08時の外気温は、−1℃。
天気はくもり空。
朝からチューリッヒのホテルへ車で走り、ご家族4名様を迎えに行く。
シンガポールに駐在のお客様だそうである。

お子さんがいるので峠道を避けて、高速道路をチューリッヒからベルン経由でインターラーケン、そしてグリンデルワルト
へと走ったのだが、土曜日のこと、途中で自然渋滞があって、ノロノロ運転。
いやはや、さすが土曜日。
移動する車が多い。

駅前広場で開かれていた「ワールドスノーフェスティバル」も終了した。
優勝したのはオランダとロシア・チームだそうで、日本チームは、4位(3位以下はみな4位)という結果だった。

ニュースから・・・
『18歳になったら新聞読んで、仏政府が1年間無料で配達     1月24日14時53分配信 読売新聞

   景気後退で広告減収に苦しむ活字メディア産業へのてこ入れと同時に、若者の活字離れを防ぐことを目的とする。
仏政府の発表によると、支援策により、同国で成人とみなされる18歳の誕生日から好きな新聞を1年間無料で配達して
もらうことができるようになる。新聞社が新聞の購読料を、政府が配達料を、それぞれ負担する。
サルコジ大統領は記者会見で、「新聞を読む習慣は、若い時につけるべきものだ」と述べた。

  フランスでは新聞販売網が西欧諸国に比べ未整備とされ、経済危機の影響などで、フィガロなどの有力紙でも経営が
悪化した。支援策には無料配達のほか、業界への税制優遇や政府広告の増加などが含まれ、3年間で総額6億ユーロ
(約700億円)相当に上るという。   最終更新:1月24日14時53分』
だ、そうだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090124-00000030-yom-int

日本でも漫画ばっかり読んで新聞を読まない若者〜中年が多いそうだから、こういうことをやったらどうだろう・・・・?
でも、無料でもらっても、きっと読まないんだろうなぁ〜〜〜。
表彰式(中央が村長) 日本チームの作品 日本チームの方々
2009年01月23日(金) 雪/曇り *** 1943
昨夜からの雪も、朝方にはやんでいたが、しかし、気温が下がっていたので、ところどころが氷になっていた。

午前7時にグリンデルワルトを車で出発し、チューリッヒ空港に向かう。
ヨーロッパ駐在しているスキーのお客様をお迎えに行く。
ミート後、そのままグリンデルワルトに帰ってくる。
お客さま方は、若い方々で、そのままスキーに行くとのことだった。
午後には、事務所での仕事を行なう。

夜には、日本チームの方々を自宅にお呼びして、ささやかな夕食を一緒にとる。
日本チームの方々と
2009年01月22日(木) 晴れ *** 1942
午前08時の外気温は、−1℃。
天気は、晴れ模様。

今日は、1日中、事務所での仕事である。
静かな1日だった。。。。
事務所から見た景色と「ワールド・スノー・フェスティバル」の会場
2009年01月21日(水) 雪/晴れ 1941
午前08時の外気温は、+1℃。
昨夜も雪が降っており、朝から雪かきである。
ただ、昨日と違って、気温が少し低いので雪もサラッとしており、昨日よりも少しだけ雪かきがラクダ。(笑)

昨日の大統領就任式の熱はまだまだ冷めない世界。
スイスでもニュースには、必ず昨日の就任式、パレード、舞踏会などの映像と、さまざまなニュースが登場する。

『<オバマ大統領>演説原稿はスタバで書かれた!弱冠27歳の執筆者に注目―

   2009年1月20日正午(現地時間)、米民主党のバラク・オバマ氏が第44代大統領への就任を宣誓し、世界中のメディア
がこれを報道する中、中国国営通信社・新華社も21日早朝、就任演説の内容を報じた。
記事中では、カナダ紙「ナショナル・ポスト」の記事を引用しながら「ホワイトハウス史上最年少のスピーチライター」に
ついても触れている。このほどの就任演説は、オバマ新大統領と弱冠27歳のライターが共同で執筆したものだったのだ。

  オバマ新大統領の主任スピーチライターを務めるジョン・ファヴロー氏は現在27歳。マサチューセッツ州の大学・the
College of the Holy Cross卒業後にスピーチライターとしてデビューし、23歳でオバマ氏のライターに抜擢される。
その出会いは、4年前の民主党大会の舞台裏で、ファヴロー氏がオバマ氏の演説原稿の誤りを指摘した事からだという。

   演説の名手として知られるオバマ氏だが、これは平易な語彙を用い、一文を短く区切ることで、誰にでもわかりやすい
内容に仕立てたファヴロー氏の筆に拠るところも大きいと言えよう。感動を与えるスピーチを書くコツについて、同氏は
「オバマ氏になりきって書くことです。彼の身振り、発声、抑揚なども考慮しながら」と語り、オバマ氏の著書「マイ・ドリー
ム―バラク・オバマ自伝」を肌身離さず持ち歩いていたことも明かした。

   大統領選が開始してからの18か月間、彼はしばしば徹夜で原稿に対峙することとなった。エスプレッソを片手に、
時にはコンピューターゲームで気晴らしをしながら、平均すると毎日午前3時まで責務に取り組んだという。
今回の就任演説に際しては、オバマ氏と数時間のミーティングを経た後、数週間をかけて歴代大統領の就任演説や
その批評をたぐり、最終的にはコーヒーチェーン店・スターバックスの店内で初稿を仕上げたという。(翻訳・編集/愛玉)
最終更新:1月21日23時53分 』
だ、そうだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090121-00000021-rcdc-cn

オバマ氏の演説は18分間だったそうだが、過去、最も短い演説は1793年のワシントン大統領の135語(約2分)で、
最長は1841年のハリソン大統領の8445語で1時間40分かかった、そうだ。

「今日の写真」は、美しい新雪の山々と風景です。
2009年01月20日(火) 雪/晴れ *** 1940
午前08時の外気温は、+3℃。
昨夜遅くから雪が降り始め、一晩中降り続いた。
そして、朝には約30cmほどの積雪があり、朝から雪かき作業が始まる。
しかも、今日の雪は気温が高く、湿気を含んでおり、重たいの重たいの。。。。。(疲れる〜〜〜〜〜)
お昼頃には、晴れ間が見えてきて、美しい景色が見え始めていた。

ところで、、、、今日は、世界中の目がアメリカに集中した。
きっと、みなさんも同様だっただろう。。。。
おやじは、午前8時ごろから、CNNでアメリカの朝の様子をまず、見ていた。
ワシントンでは、まだ早朝(夜中)だというのに、もうすでに多くの観客がアメリカ中から連邦議会議事堂周辺に到着して
いた。(画面にはカウントダウンの数字が出ていたが・・・・)
そして、午後6時(スイス時間)の就任式から午前1時頃までのパレードまで、ず〜〜〜とCNNやSF1(スイステレビ)を
見ていた。
それこそ、オリンピックやサッカーの世界選手権と同等、あるいは、それ以上の人々が、このオバマ大統領の就任式の
様子を見ているんだろうな〜〜〜と、思う。
それだけ、世界が注目する、歴史的な瞬間だと思う。

アメリカの大統領制度、あるいは、選挙制度など、日本とは違うとはいえ、うらやましい部分が多い。
日本の政治も、もう少し、なんとかなってくれれば。。。。と祈る次第である。

『オバマ次期大統領:列車で首都入り リンカーンの故事再現
 
 オバマ次期米大統領は17日、米独立宣言が採択された東部の古都ペンシルベニア州フィラデルフィアを特別列車で
出発、停車地で演説しながら20日に就任式が開かれる首都ワシントン入りした。
奴隷解放を宣言し、オバマ氏が尊敬するリンカーン元大統領が1861年にフィラデルフィアから列車で首都入りし、就任
式に臨んだ故事に倣った演出。大統領就任時の一連の祝賀行事の幕が開き、初の黒人大統領を迎える米国は数日間
にわたって祝賀ムードに包まれる。

 オバマ氏は出発前、フィラデルフィア中心部にある鉄道駅構内で演説し「米国は経済危機など空前の困難に直面して
いる」と指摘、米国をより良い社会にするため、国民が人種や思想を超えて連帯しようと呼び掛けた。

 列車にはオバマ氏の妻のミシェルさんや二人の娘も乗り込み、まずバイデン次期副大統領の地元デラウェア州ウィル
ミントンで停車。オバマ氏とバイデン氏が駅前で数千人の市民を前に演説した後、バイデン氏夫妻も乗車した。
 列車は所々で速度を落とし、オバマ氏らが沿道の市民らの歓声に手を振って応えた。
米国歌誕生の地メリーランド州ボルティモアで途中下車したオバマ氏は「米国が今必要としているのは新たな独立宣言
だ。市民のための政府をみんなでつくろう」と演説、氷点下10度前後の寒さの中集まった3万5000人の聴衆の喝采
(かっさい)を浴びた。

 ワシントンでは18日にリンカーン記念堂で、ブルース・スプリングスティーンさんやビヨンセさんら大物スターが共演
する無料のコンサートが開かれるほか、舞踏会やパーティーなど祝賀イベントが連日繰り広げられる。(共同)』
だ、そうだ。
http://mainichi.jp/select/world/america/news/20090118k0000e030006000c.html?inb=yt
白いガスが、ふわぁ〜〜〜と消えたり、山が見えてきたり、、、、幻想的な景色が見える。
2009年01月19日(月) 曇り *** 1939
午前08時の外気温は、+2℃。
暖かくなっている。
今日の天気は、曇り。

今日から「ワールド・スノー・フェスティバル」が、始まった。
駅前駐車場に大きな雪の固まりがあり、それを各国の代表選手たちが雪の像を造ってゆくのである。
(詳しい内容は、「スタッフのひとこと」を、参照)

昨年の秋に、フト 家族の話しの中で「家族の写真を撮って、居間に飾ろう・・・・」という話題が出た。
「撮るなら、インスタント・カメラじゃなくて、本格的にプロの写真家に頼もう・・・」
「じゃ、来年1月に知人のプロカメラマンが来るから、彼に依頼しよう・・・・」となった。
昨年、メールで問い合わせしたら、快く引き受けてくれた。

そのプロカメラマンが、昨日までのスキーのワールドカップの取材が終了したので、今夜我が家に来てもらった。
プロカメラマンは、その道では有名なスポーツ・カメラマンで、我が家では「巨匠」という名前で呼ばれている。
その「巨匠」との付き合いも、かれこれ20年近くになる。

最初は、ラフなスタイルで撮ってもらうつもりでいたのだが、折角撮ってもらうんだから、しっかりとした服装でも撮って
もらおうと云う事になり、結局、家族4人、持っている服でも一番の服を出して着て、室内なのに靴まで履いて、撮影に
臨んだ。(笑)
依頼した割には、家族4人が揃う時間が昼間にはなく、結局夜間で室内での撮影となったのだが。。。。

150枚ほど撮ってくれて、これを日本に持ち帰り、白黒やセピア色に焼いてくれるという。
やがて、我が家の居間に、家族4人の肖像写真が並ぶのである。(笑)
松本市からの日本チームの皆様 家族の肖像、撮影風景 撮影後の食事風景
2009年01月18日(日) 晴れ/曇り *** 1938
午前08時の外気温も、+1℃。
天気は、晴れ。しかし、徐々に雲が出て来ている。

ヴェンゲンでは、スキーのワールドカップ、男子回転競技が開かれた。
今日は、残念ながらスイス選手の活躍はなく、一番良い成績で15位。
優勝者は、オーストリアの「 Manfred Pranger 」選手で、タイムは1分40秒36。
3位はクロアチアだが、2位、4位 5位もオーストリア。
(スイス勢がだめで、ガッカリ・・・・・)

ところで、日本のニュースから・・・
『地球無期限の旅に節目!「あいのり」が終了     1月17日8時2分配信 サンケイスポーツ

  フジテレビ系「恋愛観察バラエティー あいのり」(月曜後11・0)が3月いっぱいで終了することが16日、分かった。
男女7人が世界各地を旅行する中での恋愛模様を追うという異色の恋愛バラエティーで、同時間帯では異例の平均視聴
率15.3%と人気番組に。
だが、放送開始10年目の節目を迎えて、番組としての役割を果たしたと同局が判断したようだ。

 10年目に突入し、地球を2周以上回った旅も、ついに終わりが来た。
1999年10月から放送の「あいのり」。
今月12日まで計432回の放送分の平均視聴率が15.3%。最高で02年2月18日に20.4%を記録した長寿人気番組
だったが、3月までで終了が決定した。
同局広報部もサンケイスポーツの取材に、番組終了の事実を認めている。

  男女7人が「ラブワゴン」と呼ばれる車に文字通り“あいのり”。
世界旅行の過程での恋愛模様をドキュメントタッチで追ってきた。
相手に告白して想いが通じたら、キスして一緒に日本へラブラブ帰国。
フラれたら1人寂しく帰国。ハラハラドキドキの恋愛サバイバルレースが人気を呼んだ。

  総参加者数は男99人、女86人の計185人。旅した国・地域は90カ国。走行距離は昨年10月時点で19万キロ。
43組のカップルが誕生し、うち8組は実際に結婚。2組には子供も誕生している。
   出演者の中にはその後個性的な活動をする人も。
2006年に「総理」の愛称で出演した弁護士の横粂勝仁氏(27)は次期衆院選で小泉純一郎元首相(67)の次男、
進次郎氏(27)の対抗馬として民主党から神奈川11区で出馬予定。
   お笑いタレントの関塚裕二(30)も、名物キャラとして確立した「関ちゃん」として出演。
約1年かかって「優香」という女性と恋愛を成就させ帰国後の02年に結婚。番組から誕生した初の結婚カップルとなった
が、2005年に離婚してしまった。
  プロ女流麻雀士として活躍中の和泉由希子(29)や、西武・石井義人内野手(30)が06年に再婚したタレント、土沢
ゆみ(30)も同番組出演歴が。
ほかにも、番組の愛称そのままでAV女優としてデビューしたデヴィ(年齢非公表)など、出演を機にタレント活動している
人もいる。
10年目で“節目”と判断されたとみられるが、異例の恋愛番組はバラエティー界に一時代を築いたといえそうだ。』

だ、そうだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090117-00000051-sanspo-ent

おやじは、この番組のコーディネイトを2006年に行なったので、親近感がある。
番組を見たことのない方には、わからないと思うが、この番組の取材はなかなか大変であった。
でも、もっと大変なのは「編集」である。
取材で撮った膨大な数のテープを戻して見ながら、それぞれ男女の様子を見つめなおすわけであるから、大変だ。

ちょうど、「あいのり」がスイスにやってきたのが、2006年のこと。
ここで「総理」が初登場。
スイスでは影が薄くて、ほとんど画面に登場しなかったが、その後の国ではようやく画面に登場する。
スイスでは、アウトローの問題があり、次のクロアチアでは、田上くんとひさよんの問題があり、、、、、なかなか面白い。

「あいのり」取材中には、いろいろなことがあったが、何も言えないのが辛い。
この番組が終了したら、「あいのり 裏話し」でも、してみたいと思う。(その日が待ち遠しい。。。。苦笑)

「あいのり」の番組のホームページは、
http://wwwz.fujitv.co.jp/ainori/index.html
フジテレビ系「恋愛観察バラエティー あいのり」
(左から)久本雅美、ウエンツ瑛士、今田耕司
2009年01月17日(土) 晴れ *** 1937
午前08時の外気温も、−1℃。
そして、今日の天気も晴れ。

午前中は事務所での仕事だが、午後からはチューリッヒ空港に4名のお客様を車で迎えに行く。

今日は、ラウバーホルン・レースのメイン・イベントである「男子滑降競技」が開催された。
晴天のもと、多くの観客を迎えての大きな大会である。
なんたって、79年前から開催されている「3大クラシックレース」であり、最も距離の長い格好競技である。
そして、優勝したのが、またまたスイス人選手「Didier Defago」で、時間は2分31秒98である。
(余談だが、おやじがスキーのお客様を連れて同じコースを滑るが、時間は約30分ほどかかる。。。。笑)

ナント、このラウバーホルン・レースでスイス人選手が優勝するのは6年ぶりのことで、ベルナーオーバーランド出身の
「ブルーノ・ケルネン」選手以来だという。。。

またまた地元スイス人選手の優勝で、大騒ぎの様子。(4位と10位もスイス人選手で、昨日コンビネーションで優勝した
「Carlo Janka」選手は、12位だった。
よかった、よかった。
「ニュース」へ。
ゴール直後の「Didier Defago」選手 インタビューに答える素顔で。
2009年01月16日(金) 晴れ *** 1936
午前08時の外気温は、−1℃。
そして、今日の天気も晴れ。

1日中、事務所での仕事を行なう。

クライネ・シャイデックのラウバーホルンでは、今日からスキーのワールドカップの試合が始まった。
今日は、コンビネーション競技で格好と回転競技である。
もちろん、テレビ中継が行なわれたのでテレビで競技の様子を少し見る。
そして、優勝したのは、スイス人選手で「Carlo Janka」である。しかも、3位にもスイスの「Silvan Zurbriggen」選手が入賞。
もちろん、地元は大騒ぎ。
よかった、よかった。
「ニュース」へ。
Carlo Janka 選手の回転競技の滑り
2009年01月15日(木) 晴れ *** 1935
午前08時の外気温も、−3℃。
そして、今日の天気も晴れ。

1日中、事務所での仕事を行なう。

ところで、おやじのPCは、ずっと東芝製のダイナブックで、OSは「Windows XP」を使用している。
もともと、「Windows 95」からのスタートだが、いつも東芝製を使用している。
なぜかというと、東芝製のみ、海外での保障がきくのである。
その保証は1年間だが、しかし、その後も修理とかでも、海外でやってくれる。

現在使用しているPCは、2005年に日本で購入したもので、「Windows XP」である。
長年使ってきて、スイス国内はもちろん、アメリカでもフランスでも、日本にも、常に持ち歩いてきた愛着のあるPCである。
ところが、このPCのハードディスクが最近、調子がおかしい。
立ち上げると、必ず「ギュ〜〜ン」とか「ギ〜〜〜ン」とかの、いやな音を発するようになった。
最初はまあ、気にしないで使っていたが、最近では、「もしかして、突如ハードディスクが止まったら・・・・?」と、考えると
安心してはいられない。
特に、メールはもちろん、JIBのホームページも、全てこのPCで更新などしているかして、もし万が一止まってしまったら、
もうお手上げ状態。
PCの修理が終わるまで、仕事がストップしてしまう。。。

おやじは、このPCとは別に、やはり東芝製のダイナブックで、「Windows Vista」を持っている。
こちらのほうは、2007年に日本で購入したものである。
当時、すでに新製品は「Windows Vista」しかなく、否応なく購入したものである。
もちろん、XPからVistaに乗り換えようとしてもいたのだが。。。
で、Vistaで作業を始めたこともあるのだが、XPをずっと使っているため、なんともVistaが使いずらい。
XPとは違う画面、WordもExcelも、メールも、何もかもがXPと異なるのである。(当り前か・・・・?)

そこで、Vistaの使用を一旦やめた。
宝の持ち腐れではあるが、Vistaを使わないで、ずっとそのままXPを使っていたのである。
ところが、先の話し、、、、つまり、最近のXPの調子が悪い。
そこで、今度はいやおうなく、Vistaを使わざるを得なくなった。
XPのPCに入っている全ての情報、メール、画像、内容、ホームページの内容など、1つづつ移し替えてゆく。
もし、途中で情報が消えたら一大事、である。
念には念を入れて、バックアップを取りながら、移行した。
そして、ようやく、XPの全ての情報をVistaに移し替えた。

でも、Vistaを使っての感想は、、、XPに比べて、
動きが、遅い。
よく、画面が止まる。
周辺機器が使えない。
そして、使いにくい。。。。。
やっぱり、XPがいい。

こうなると、XPを早く修理に出して、ハードディスクを安心して使えるようにし、そして、Vistaに移行した情報をまたXPに
戻したい、と思う。
しかし、Windowsは、早くもVistaの次は「Windows 7」を発表している。
次から次へとPCを買い替えろ、、、とのWindowsの仕業である。。。。

「Windows XP」 のページ
http://www.microsoft.com/japan/windowsxp/default.mspx

「Windows Vista」 のページ
http://www.microsoft.com/japan/windows/products/windowsvista/default.mspx

「Windows 7」 のページ
http://www.microsoft.com/japan/windows/windows-7/default.mspx
2009年01月14日(水) 晴れ *** 1934
午前08時の外気温は、−3℃。
今日の天気も、晴れ。
ただ、天気予報では午後からは雲が出てくると言っていたが。。。。

午前中は事務所での仕事だが、午後には車でチューリッヒ空港にお客様を迎えに行く。
スイス全体の天気予報では、午後からスイス北部は雪模様とのことだった。
夜になってチューリッヒの街中は雪が降っていた。
そして、チューリッヒ〜ベルン方向の高速道路を境界線に北部は雪。南部は、曇りの予報だった。
そこで、あえて高速道路を通らずに、ルッツェルン経由、ブルニーク峠越えの道を選んだら、チューリッヒ〜ルッツェルン間
は、雪が降っていたが、ルッツェルン以降は雨に変わり、そしてブルニーク峠は曇り。グリンデルワルトでは晴天だった。

今夜到着したお客様は、中高年の常連さんで毎年いらっしゃる。
そして、グリンデルワルトに2週間滞在され、スキーなどもされる、お馴染みさんである。。。。
2009年01月13日(火) 晴れ *** 1933
午前08時の外気温は、−3℃。
今日の天気も、晴れ。
毎日毎日、よく晴れますね〜〜〜。
でも、気温が低いので雪も溶けずに助かります。

さて、日本には「宝くじ」がある。
毎回毎回購入して、夢見る方も多いだろう。。。。
「そんなの当たりませんよ!」と言う方も多い。
「でも、買わないと100%当たらないけど、買っておけば当たる可能性はある!」と、いうマニアも多いだろう。。。。

スイスには、「SWISS LOTTO」という宝くじがある。
その「SWISS LOTTO」の場合は、申込用紙に書かれている45個の数字の中から、自分で6個の数字を選ぶ。
それが1マスで3フラン(約300円)である。
自分が選んだ6個の数字を1回だけの抽選から20回までの抽選まで、いろいろと選べる。
抽選は毎週水曜日と土曜日の2回ある。
「SWISS LOTTO」のテレビの宣伝では、
「毎週ミリオネラーが出ています」と言って、スーパーマーケットにロング・リムジンカーで買い物に行く夫婦や、家族連れ
の多くの姿が映し出されます。
つまり、「あなたでもミリオネラーになれます!・・・」ということである。
確かに、毎週2回の抽選で1億円とか10億円の当選者が出ているのは、新聞でも発表しているので間違いない。
(当たる可能性はあるのである。。。。笑)

6桁の全部の番号が揃えば、億単位のお金がもらえる。
5桁が合えば、100万円台。4桁で10万円台・・・・と、まあ、いろんな金額になる。
もし6桁全部の当選者がいない場合は、賞金は次回に持ち越されるので、次回の当選金はうん10億円単位になる。

おやじも、宝くじは好きである。
そして、「SWISS LOTTO」も好きである。
おやじの奥さんは、上記の人と同じように
「 そんなの当たりませんよ!」と言うが、おやじは、
「でも、買わないと100%当たらないけど、買っておけば当たる可能性はある!」と、同じように言う。
「うちの父は、そう言って買い続けながらも、一回も当たらずに死んでしまった・・・」とも、奥さんは言う。
「過去、1回、100フランが当たったじゃないか・・・」と、おやじは言う。(本当に当たったのである)

おやじは、こうして毎回「SWISS LOTTO」を購入している。
先日の抽選結果をみると、通常の「SWISS LOTTO」では、当選番号はなかった。しかし。。。。
「JOKER」を見ると、おや・・・・?である・・・
「JOKER」とは、それぞれの申込用紙には6桁の連番号が打ってある。
この連番号にもお金を支払えば、抽選対象になる。
1回の抽選で2フラン(約200円)である。

私の申込用紙の番号が、
例えば、123456だったとする。(実際は違う番号だったが・・・・)
で、先日の発表では、
その「JOKER」の番号が、123896 だった。(実際は違う番号だったが・・・・)
5桁全部合っていれば、100万円。4桁で10万円。3桁で1万円。2桁で1000円貰えるようになっていた。
おやじの場合は、ナント! 4桁合っているではないか!!?
123と6が 合っている番号だ!
何度も何度も繰り返し新聞を見たが、間違いない!
4桁だと10万円貰える!
やったぁ〜〜〜〜!!
正月早々、縁起がいいじゃないか〜〜!
今年はついているかも・・・・・?
と、急いで「SWISS LOTTO」を取り扱っているKIOSK(売店)へ。

ところが、KIOSKのおばちゃんは、通常の取扱いのみで、10万円のことなど何も言わない。
(今は、もちろんコンピューター管理なので、おばちゃん自身が調べたり、チェックしたりしているわけではない)
その場では、当選記事のある新聞を持っていなかったので、何も言えなかったが、一旦戻って新聞紙を見ると、やはり、
当たっている番号である。
「やっぱ、おかしい!」
またKIOSKに戻って、おばちゃんにその旨告げた。
一人のおばちゃんは、おやじが持参した新聞(当選番号)を見ながら、
「おかしいね〜〜」と言う。
で、もう一人のおばちゃんに聞いていた。すると、別のおばちゃんは、
「JOKERだけは、番号は反対から読むんだよ」とのこと。
「えっ!?」
目が点になる。。。。。

つまり、通常の「SWISS LOTTO」の場合は、1233456789・・・・だが、「JOKER」だけは、「987654321」だと。
だから、今回の当選番号は、本当は「698321」なので、おやじの番号「123456」には、ぜ〜〜んぜ〜〜〜ん当たって
いないと言う事になる。
うっそ〜〜〜〜!!
そんなこと、聞いたことないで〜〜〜!
アラビアの国じゃあるましい、なんで番号が右から左やねん!
ヨーロッパじゃ、数字は左から右に読むやんか〜〜〜!
こんな、メッチャ、サギやんか〜〜!
納得のいかないおやじでした。(笑)
10万円の夢は、あっけなく消えてしまったのである。。。。(涙)

余談だが、スイスの「SWISS LOTTO」は、無税ではなく、35%が税金として取られる。
なので、仮に1億円当たったとしても、税金が3500万円なので、手元には6500万円しか残らない。。。。
(でも、6500万円でも、欲しいねぇ〜〜〜〜〜笑)

「SWISS LOTTO」のページ・・・
http://www.swisslotto.ch/initportal.do
2009年01月12日(月) 晴れ *** 1932
午前08時の外気温は、−5℃。
今日の天気も、晴れ。

今日も1日、事務所での仕事を行なう。
駅前駐車場では、来週から始まる「ワールド・スノー・フェスティバル」の準備が始まった。
(雪像用の雪をトラックで運び込む作業などである)

今年で第27回目を迎える「ワールド・スノー・フェスティバル」であすが、この第1回は日本人の提案で始まったことを誰も
知りません。
観光局や某案内などには「はるばる日本からやって来た1人の彫刻家が雪像を作った・・・」とありますが、間違いです。
1983年に第1回が開かれていますが、これはさまざまな理由で行なわれたもので、当時は日本からの参加しかなく、
今とはずいぶん異なっています。
「スタッフのひとこと」に、その詳細を書きましたので、どうぞご覧になってください。
http://www.jibswiss.com/staff-hitokoto-2009-01-ando.html
10カ国の参加がある アイガーをバックに ヴェッターホルン
2009年01月11日(日) 晴れ *** 1931
午前08時の外気温は、−5℃。
今日の天気も晴れ。

今日は事務所でのお仕事である。
現在、スタッフが1名しかいないので、おやじたちの休みも交代交替で取ることになっている。
やはり、週末である。しかも、天気が良いので、週末だけスキーに来る客も多く、村内の駐車場はもう満杯状態である。

さて、スイスのニュースから・・・
『2009/01/10 - 15:26   ロマンチックな雪は残して !!

 大雪後の冷え込みで雪が凍りつき、スイス各地で歩行者の転倒事故が相次ぎ、緊急の除雪が望まれている。
ところが冬の高級リゾート地ツェルマットでは、反対に通りの雪を取り除かないでくれと言う。
ツェルマットでは今年初めて通りから雪を取り除くことにした。ツーリストが通りで転倒する事故が近年増えたせいだ。
ところが取り除くやいなや、ツェルマットらしさがなくなるといった反対の声が高まっている。

白い雪の理想郷
 「近年温暖化のせいで天候が変わりやすく、積もった雪が溶け始めた後に急に冷え込んで凍りつき、通りはスケート場
のようになった。そのためスリップ事故によるけが人が増加し、昨年の夏ついに除雪を決定した」
とツェルマット ( Zermatt ) 観光局長、ダニエル・ルゲン氏は説明する。

 だが、この初めての試みは思ってもみない多くの反対の声に出会った。
「なんと残念なことでしょう。大好きな、白い雪で覆われたロマンチックな理想郷ツェルマットの通りから雪がなくなるとは」
といったメールが今シーズンに入って、町のホームページに送られた。
さらに、ぬかるみでどろどろになった通りに対する批判も多く寄せられ、雪を溶かすための塩で犬が足を痛める話まで
これに加わった。

「確かに除雪は理想的な状況ではない。しかし少なくともスリップによるけが人は少なくなったし、車が入れないこの町に
人や荷物を運ぶ電気自動車は、雪のでこぼこ道で苦労しなくてよくなった」
と、地元のホテル協会長ピエール・アンドレ・パナティエール氏は言う。

しかし、多くの5つ星ホテルでは、ツーリストが汚れた靴で歩く高級カーペットをどうしたらいいのかと頭を悩ます。
「水を通りに流して掃除したいところだが、すぐ水が氷つきスケート場になってしまうだろう。非常に複雑な問題だ」
とパナティエール氏は付け加えた。

ゲレンデの管理と同じに
「確かに除雪を決定した時、住民やツーリストがどう感じるかをほとんど考慮していなかった」
と観光局長のルゲン氏は語り、今はツェルマットらしさがなくなるというツーリストたちの反応に100%賛成する。
さらに、
「今年の冬は特別寒く、雪を溶かすための塩が雪に混じって凍ると、細かな汚れた砂のような状態になって、それが
足について汚い上に危険だ。こうしたことも考慮していなかった」と反省する。

 ツェルマットは、リゾート用の通りに雪を残すことにしたグリンデルヴァルトや、景観のために除雪しないダボスの例に
従うことになりそうだ。
今回の試みはよい教訓になったと言うルゲン氏は、今ある通りの汚れを取り除く大型の電気ブラシを注文したところだ。
通りは清掃され、次の降雪を待つことになるだろうという。
そして、
「通りの管理は、まるでスキーのゲレンデを管理する仕事のようになってきた。
毎日天候を見ては今日はどうするか対策を立てなくてはならなくなったからだ」と結論した

スイスの大雪問題
大雪後の冷え込みで雪が凍りつき、スイス各地で歩行者の転倒事故が相次ぎ、特にフランス語圏では緊急の除雪が
望まれている。
ヌーシャテル市では、細かい木片をまいて雪の凍結を防いだが、うまくいかず砂利をまくことになった。
チューリヒ市では、いまだに通りは凍りつき危険な状況が続いている。一方、ジュネーブ市、ローザンヌ市、バーゼル市、
デレモン市、ルツェルン市などは、状況は比較的回復している。

しかし大雪は、町や村だけの問題ではない。ヌーシャテル州、ヴォー州では、標高600〜1000メートルのジュラ山脈の
森の中を歩くことは控えたほうがよいと警告している。木々に積もった雪や氷が落ちてくる危険性が高いためだ。』
http://www.swissinfo.org/jpn/front.html?siteSect=106&sid=10176885&cKey=1231498401000&ty=st

だ、そうだ。
とはいっても、グリンデルワルトでも、雪が降れば除雪する。
早朝から大型ダンプと除雪車が村の中を走り回っている。
ただ、村の中では塩はまかない。
塩をまくと、それが靴底について、ホテル内部に入ると、金属がさびてくるし、汚れが激しいからだ。
その代りに、小さな砂利をまいて滑り止めとする。
しかし、村の外に出ると、塩をまくので、雪が早く溶けて、車の走行には楽になる。
どちらもどちらで、結果の出ない問題である。
2009年01月10日(土) 晴れ 1930
午前08時の外気温は、−4℃。
今日の天気も晴れ。

今日はお休み。
そして、久しぶりに長男とスキーに行く。
それこそ、何年ぶりだろうか・・・・・?
(昔は、小さな長男を連れてよく行ったもんだが・・・・・・)

行く先は、メンリッヒェン。
出発が遅い時間だったので、乗り場の混雑もなく、そしてスキー場でのリフト待ちもなく、スムーズに行けたし、滑れた。
おやじとしては、なんと 今シーズン初のスキーである!!(信じられない。。。。ここ何年もなかったことだ。。。。)

途中で休憩をとり、お茶でもしようと言うと、長男が
「僕が、おごってあげるよ!」
おお、なんとやさしい子だ!(泣けてくる。。。。涙。。。。)笑
ということで、3本ほど上で滑り、その後グリンデルワルトまで滑って降りてくる。
「結構速いスピードだったろう。。。。」と、おやじが言うと、おやじのすぐ後ろをスノーボードで滑っていた長男は、
「まあね。僕は、スピードを落として滑っていたからね。。。」だと。
ヌヌヌヌ・・・・?

夕食時に、長男がおごってくれた話しをすると、長女は、
「なんで、お父さんにおごるの?」だと。。。。。
おお、なんという娘だ。。。。(涙)。。。。

「今日の写真」を、どうぞ。
2009年01月09日(金) 晴れ *** 1929
午前08時の外気温は、−5℃。
今日の天気も晴れ。

今日も1日、事務所での仕事である。
年末〜年始休暇のお客さんも、ソロソロ自宅に帰る時期である。
今日の金曜日から、徐々に帰り始めている。

スイスやドイツなどでは、この年末〜年始休暇が終って、1か月もすると、今度は「スキー休暇」が始まる。
「みんなでスキーをしましょう!!」という、ありがたい(?)休暇である。
学校も会社も2週間ほどの休暇をとる。
そこで、家族連れや、会社の同僚やら、友達同士、そしてスキーツアーなどでスイスのスキー場に次々とやってくる。
なので、2月上旬から1ヶ月間は、またスキー場が、ホテルが、道路が、混んでくるのである。
スキー場としてはうれしいが、地元民としては、また嫌な時期でもある。(苦笑)
2009年01月08日(木) 晴れ *** 1928
午前08時の外気温は、−9℃。
今日の天気も晴れ。そして、寒い朝である。
我が家には、ガレージ(車庫)があるのだが、特に暖房もしていないので、この車庫内でも気温はマイナス状態で、車庫に
置いていた水が凍っていた。
さらに、家の倉庫(2階)は、ここもあえて暖房は入っていないので、普段は冷蔵庫代わりに使えて便利なのだが、ここ
最近は冷凍庫状態なので、備蓄している飲み物などが凍っていて、困ったもんだ〜〜〜。(苦笑)

テレビのニュースでは、「スイスでは何十年ぶりの寒い天気が続いている・・・」と言っていて、チューリッヒ市内の噴水も
凍っている画像が出ていた。
そして、高速道路上に撒く塩業者のインタビューでは、嬉しそうな顔の社長が映っていた。
(唯一、儲かっている業者ではないだろうか・・・・・?)
2009年01月07日(水) 晴れ *** 1927
午前08時の外気温は、−8℃。
天気は、晴れ。
今日もあたり一面にガスが漂っている。

午前中は、事務所で仕事をし、午後には、来るまで4名のご家族をチューリッヒ空港へとお連れする。
ベルン経由で高速道路を走るが、やはり、今日も車の数が少なくて、順調に走れた。
途中、普段は何も無い場所で渋滞があったので「もしや事故か?」と思っていたら、単なる工事渋滞で、自然に解消した。

グリンデルワルトでも寒いが、ベルンやチューリッヒは、更に寒い。
外気温が−10℃くらいあった。
2009年01月06日(火) 晴れ *** 1926
午前08時の外気温は、−5℃。
天気は、晴れ。
ただ、ガスが一面に漂っているので、曇っているように感じるが、これはいわゆる「雲海」である。

午前中は事務所での仕事。
午後には、2名のお客様をジュネーヴ空港へと車でお連れする。
通常、グリンデルワルトからジュネーヴまでは、普通に走っても約3時間20分を要する。
しかし、今日は道は空いていて、渋滞も無く、トラックの姿も少なく、順調に走れたので、約2時間30分ほどで到着できた。
(ちょっと早すぎる感じもするが。。。笑)

その後、来た道をグリンデルワルトまで戻ってくる。
(帰りは、途中で事故車があった影響で、2時間45分掛かったのだが。。。。それでも、早すぎるなぁ〜〜〜。笑)

やはり、年末〜年始休暇が終わり、休暇客も減ったがよ〜〜〜く、分かる。
グリンデルワルト村内でも、道路でも、どこでも、人の姿がメッキリと減った。
2009年01月05日(月) 晴れ *** 1925
午前08時の外気温は、−5℃。
天気は、晴れ。
今年は、気温が低い。
また、スイス中に雪が降っていて、町も山も真っ白だ。

少し古いが、日本のニュースから・・・
『 東京駅発ブルトレ全廃へ=来年3月、半世紀の歴史に幕−JR東   12月19日18時6分配信 時事通信

 東京駅発のブルートレインが来年3月に姿を消す−。
寝台特急「はやぶさ」(東京〜熊本)と「富士」(東京〜大分)が、JR各社の来年3月14日のダイヤ改正で廃止されることが
19日、分かった。東京駅発のブルトレは全廃され、半世紀の歴史に幕が下りる。
 JR東日本などによると、新幹線や航空機との競争で、昨年度の乗車率が約4割(定員各160人)となるなど利用が低迷。
客車も平均で32年経過し、老朽化が進んでいた。』
だ、そうだ。

おやじは、過去、何度かお話したと思うが、JR線は新幹線一本やりで、在来線がドンドンと減っている。
しかも、新幹線も「のぞみ」が主体で、各ローカル駅は、更にカヤの外状態。
在来線の不調は航空機と言うが、しかし、航空機を使わない家族連れやマイカー好きな家族は、新幹線でもなく、航空機
でもなく、いつも車を使って、移動している。
荷物の多い家族、小さな子供が居る家族などは、やはり車が楽だし、便利である。(これは、おやじも実感しているが)

特に、週末、行楽シーズン、そして年末年始などは、渋滞でもいやおうなく高速道をノロノロ運転しながら故郷に帰り、また
都会に戻ってくる。
運転するお父さんは、大変である。
家族は、車内で食べて、飲んで、グースカ寝ても、お父さんは、お酒も飲めない、眠ることも出来ない。(涙)

だから、おやじは言うのである。
在来線が空いているのだから、全国各地に「カートレイン」を走らせればいい。
スイスのカートレインと同じように、先着順で乗車できる。(予約制でもいいが)
都会から田舎へ。町から町へ。
車を貨車に乗せて、乗客は客車に乗る。
大きな荷物も、なんでもかんでも車に積んで、単身でも家族でも、電車に乗って車と一緒に帰省が出来る。
お父さんも、家族と一緒に食べて、飲んで、そして眠ればいい。
目が覚めれば、田舎だ。
睡眠十分。到着駅からの運転も気分爽快。

運賃は、高速道路代+ガソリン代=合計よりも、安くすればいい。
こうして、全国のJR線は、活気が出てくる。日本の渋滞ラッシュも緩和される。
JR各社さん、本気に考えてみてはいかがでしょうか?
東京駅発のブルートレイン
2009年01月04日(日) 晴れ *** 1924
午前08時の外気温は、−5℃。
天気は、晴れ。
今日は、今年初のお休みの日。

1日中、家の中で過ごす。
といっても、やはりPCは手放せない。(苦笑)
殆どの時間、PCの画面を眺めていた。。。。(笑)

久しぶりに日本のニュースから・・・
『富士山に鉄道構想 麓から5合目まで    1月3日19時16分配信 産経新聞

  山梨県側の富士山の麓(ふもと)から5合目まで、登山者や観光客を電気鉄道で輸送する一大構想が持ち上がって
いる。自然界への影響を懸念する声も聞かれるが、構想を打ち出した富士五湖観光連盟(山梨県)は「電気鉄道による
悪影響は少ない」と自信をみせ、「首都圏から乗り換えなしの5合目直行便」の実現にも夢を膨らませている。
(牧井正昭)

  「なぜ富士山に鉄道がなかったのか。その方が不思議です」。同連盟の堀内光一郎会長は首をひねる。
富士山5合目には、麓から有料道路「富士スバルライン」か林道を利用してマイカーやバスで行くか、麓から歩いて登る
方法しかない。さらに、冬季は降雪で通行止めとなり、富士山の実質観光シーズンは4月から11月ごろまでだ。
鉄道構想は昨年11月、観光連盟の正副会長会議で打ち出された。麓の有料道路ゲート付近に始発駅を設け、有料
道路上に単線の線路を敷く。
5合目ロータリーまでとすると全線約30キロ、平均勾(こう)配(ばい)5%。観光客が散策できるように途中に4駅を設置
する。
車両は電気動力で200人乗り車両を4両連結し、1便で800人程度を運ぶ。建設費は概算で600億円から800億円
程度を見込んでいる。
  堀内会長は「スイスでは100年も前から登山電車が走っている。マイカーと違い電気鉄道なら公害はなく、通年営業
も可能。
既存の有料道路を軌道に利用すれば新たな森林伐採が少なく、自然環境への負荷は減る」と有益性を強調する。

 富士山では山梨、静岡両県とも夏季の最盛期、渋滞した車の排ガスが動植物に悪影響を与えるため、マイカー乗り
入れを2週間前後規制している。
平成20年夏には富士登山の人気が高まり、両県合わせて夏山2カ月間だけで30万人以上が入山。
ごみや屎(し)尿(によう)問題が再浮上し、登山者の入山規制の議論も起きた。
鉄道が実現すれば、乗車定員があることから入山者を制限する効果も期待できるという。

 昨年11月には県議8人が「富士山の新交通システム等議員検討会」を結成。武川勉代表は「雪に影響されない交通
手段で、年間を通して観光客に富士山へ来てもらえれば地元経済の下支えになる」と歓迎する。
さらに、一部からは「東京方面から5合目までの直行便を設けたら利便性が高まる」との意見もある。

 これに対し、懸念する声もある。地元富士吉田市の堀内茂市長は「富士山では雪崩が発生し、安全面での問題がある。
冬季に観光客が入ることで自然界のバランスが崩れるのではないか」と話す。富士山では過去、5合目と山頂をトンネル
ケーブルカーで結ぶ計画や麓と5合目にケーブルカーを開設する案が検討されたが、いずれも自然環境保護から見送
られた。
しかし、堀内会長は「電気鉄道は自然環境への影響は少ない」と言い切り、「富士登山鉄道建設協議会」を設置して
具体的計画を打ち出す考えだ。』
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090103-00000531-san-soci

だ、そうだ。
スイスでは、登山鉄道が今から100年も前に開通している。
なぜ鉄道か?
道路が不要。駐車場が不要。環境を汚さない。大量輸送が可能。電気が大量にある。。。。などなどの理由だった。
多少の反対もあっただろうが、、、、しかし、スイスでは登山鉄道が盛んに作られた。

一方、日本では車社会で、どこもかしこも森林を伐採し、○○ハイウェイだの□□スカイラインだの作った。
そして、有料道路にした。
観光客は簡単に来れたが、そのお陰で、車による公害が発生。
駐車場を作るので更に森林を伐採、ゴミが増え、環境が悪くなった。
中には、わざわざ捨てるゴミを車で持ってくるヤツも居る。
やがて、有料道路には通過する車の台数も減った。
何のための道路なのか。。。。?
夢の富士山鉄道は、構想では県営有料道路「富士スバルライン」の
道路上に軌道を敷く=山梨県富士吉田市(写真:産経新聞)
2009年01月03日(土) 晴れ *** 1923
チューリッヒの冬は寒い。
気温は分からないが、雲の下なので、天気は曇り。
雲海なので、チューリッヒは曇りでも、グリンデルワルトは晴れているだろう。
(天気予報でも、晴れと言っていた・・・・・)

まずは、PC用品を購入するためにスイスの量販店に行く。
こちらは、今年の初売りとあって、開店前から行列が出来ていたのでビックリ!!
(でも、某国と違って、「初売り!」とかののぼりは立たないし、店員ははっぴ等は着ていません。
 音楽も、うるさいテープの掛け声も無く、通常と同じ服装と雰囲気でした。。。笑)

さて、空港でオランダから到着のご家族を、車でグリンデルワルトのホテルにご案内する。
途中、高速道路では、上下線ともに、ある部分では混んでいた。
いつも混むのは、バーゼルから合流するあたりと、ベルン近郊(ビールから合流するあたり)である。

グリンデルワルトに到着すると、グリンデルワルトでも混んでいた。
週末の土曜日である。
休暇が終わったとはいえ、週末の土曜〜日曜日はやはり混む。(しかも天気が良いという予報である)
村内の駐車場は、どこも満車。
通りも人・人・人・・・・で混んでいた。
2009年01月02日(金) 晴れ *** 1922
午前08時の外気温は、−3℃。
天気は、晴れ。

朝から事務所での仕事をする。
そして、夕方には4名のご家族をグリンデルワルトのホテルからチューリッヒ空港へ車でご案内する。
年末〜年始休暇の最後の日。
自宅に帰る客も多いので、予定時間を早めてグリンデルワルトを午後5時に出発したのだが、ナ・ナ・ナント。
すでに、グリンデルワルト村内から車の渋滞は始まっていた!!
ノロノロと車の列が、ず〜〜〜〜〜と、前方のほうまで繋がっている。
あ〜あ。。。。。
結局、通常グリンデルワルト〜インターラーケン間は約25分で通過できるのに、今夜は1時間20分も掛かってしまった。
ヤレヤレ。。。。
インターラーケンからベルン経由の高速道路を走るのだが、所々で多種スピードが落ちる程度の渋滞はあった。
スイスに車で休暇に来ていたドイツ、ベルギー、オランダ、フランス、イタリア、その他の国々の人々や、スイス国内の
人々が帰ってゆく。。。。

チューリッヒ空港に午後8時に到着(インターラーケンからは、1時間50分で到着。少し飛ばしました)
そして、おやじは、そのままチューリッヒ空港のホテルに宿泊する。
(明日も、空港からグリンデルワルトへの車での送迎があるのだ)
2009年01月01日(木) 晴れ 1921
                      新年、明けましておめでとうございます。
                今年もまた、「おやじのつぶやき」を、どうぞよろしくお願い致します。


昨夜、大晦日は天気予報どおりに雪になった。
シンシンと降り続く雪。
あちこちで、花火の音がパンパンとこだまする。(こちらの花火は、音がうるさいものが多い)

例年なら、午前0時の時報を聞いて、年越しそばを食べて、シャンペンで乾杯するのだが、しかし、今年のおやじはすでに
午後11時には、ベッドの中に。
なぜなら、元旦早々から仕事で朝が早いのである。
子供達は夜から出かけており、朝方になって帰ってきた。
家内は、朝方から腹痛を感じて苦しがっていた。
なんという大晦日じゃ〜〜〜〜。

午前6時起床で、おやじは出かける準備をする。
家内の腹痛は、なかなか治らない。
娘は早めに帰ってきたようだが、息子は午前7時。
おやじと入れ違いに帰ってきた。
(元旦から朝帰りじゃ〜〜〜)

家内は、明るくなってから家の周りの雪かきをしたそうである。
なんという元旦じゃ〜〜〜〜。

車でインターラーケンに向かい、3名のお客さまをブリークへとご案内する。
ここで、お客様方は氷河急行に乗ってクールへと向かわれた。
おやじは、その後トンボ返りでグリンデルワルトへと戻ってきた。

昨夜の雪が嘘のように、スイス中は晴れ模様で、快晴。
どこも太陽が眩しく輝いていた。
最高のスキー日和である。
気温も上がっており、暖かい陽気だった。

「今月の写真」を、どうぞ。