おやじの つぶやき

 グリンデルワルトに住む、安東一郎=おやじ が、特にテーマもなく、毎日の変化、 
 行動、思い=気持ち、その他を とりとめなく、つぶやくコーナーです。
 多少、個人的、傾斜的、一方的、一面的、勝手気ままに書いていますが、お許しを。 
 この「おやじの つぶやき」についてのご意見がありましたら、「ここ」へ.。
 ご批判、激励、賛同、反対、その他、なんでもOKです。
 (但し、匿名のメールは無視しますので、お名前をちゃんと書いて来て下さいね)

 また、「写真クイズ」などの回答は
「ここ」へ回答をお送り下さい。
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「おやじのつぶやき」の写真一覧
「おやじのつぶやき」(2007年06月分) 「おやじのつぶやき」 表紙 「おやじのつぶやき」(2007年08月分)

2007年07月31日(火) 晴れ *** 1432
今日は、昨日とうって変わっての「晴天」。
真っ青な空と輝く太陽がまぶしい。
でも、気温は低い。
午前08時の外気温は+8度だった。

クラブツアーは、自由行動日である。
それぞれ、ハイキングしたり、ユングフラウヨッホへの観光、あるいは、ツェルマットに1泊で行っている参加者も居るようだ。
今日は、スイス中、どこへ行っても晴天の気持ちよい天候であろう。。。。。

庭の牧草を刈るのは、もともとおやじの仕事だった。
しかし、夏のシーズンが始まると同時に、おやじは殆ど不在になる。
そこで、仕方なく(?)長男が草刈リの仕事をするようになっている。
(長男は、花粉症なので、牧草の草刈リの時期になると、毎年鼻がグズグズ、目からは涙が出てくるのだが。。。今年は?)

さて、日本のニュースから・・・
『わが子を“セレブ”に!? 子供用ジュエリーが人気   7月31日15時10分配信 産経新聞
■少子化で愛とお金が集中
 昔なら「猫に小判」などと一蹴(いっしゅう)されたかもしれない子供のジュエリーが、続々登場している。
赤ちゃんのすこやかな成長を願う「ベビーリング」などの習慣や、大人と同じ貴金属を贈ることが、親の愛情を具現する方法
という考えの広がりが背景にあるようだ。
少子化だから一人の子供に愛情やお金を注ぎ、出産、育児を一世一代の大事業ととらえる風潮も、こうした動きに拍車を
かける。
アパレル業界紙「繊研新聞」によると「“家族愛”が“格好良さ”のひとつの基準」(7月25日付)。このマーケット、拡大しそう
な気配…。(重松明子)
  今月、パリの高級宝飾ブランド「ヴァン クリーフ&アーペル」の子供向けジュエリーが東京でお披露目された。
会場では、4歳と5歳の女児モデルがホワイトゴールドのジュエリーを身に付けて、はしゃいでいる。
 「物心がつき、アクセサリーに興味を持ち始める、この年ごろからの着用を想定しています」と広報・宣伝担当チーフの
熊野ゆかさん。
白蝶(しろちょう)貝や天然石でかたどった小さなモチーフ付きのブレスレットが10万3950円から。
  一方、東京・銀座の老舗貴金属店「ギンザタナカ」は、お子さまジュエリー「ウノキッズ」の取り扱いを始めた。
昨年3月、安価な子供用アクセサリーから毒性の強い鉛が検出され、厚生労働省が調査に乗り出したことを受け、「子供
にも高品質の貴金属を」とコーナーを設けることに。
子供に金のアクセサリーを贈る習慣があるイタリアから、花や昆虫などをモチーフとした20タイプを輸入。3万円台のブレス
レットが売れ筋という。
  同じく銀座でオリジナルジュエリーを製造・販売する「ミネパール」には、子供向けのペンダントや誕生石入りリングのオー
ダーが寄せられる。
「価格は10万円くらいから。9割以上が祖母からの注文です。貴金属ならば捨てられる心配もなく、思い出の品として残り
ますから」と同店。
  いずれの店も文字を刻印できるジュエリーのニーズが高く、贈る側の思い入れの強さを感じさせる。
 一方、「開業半年で100件のベビーリングの注文を受けました」とは、東京都西東京市のジュエリー工房「pinponmom」の
三木整さん(37)。最大50字の英数字が刻印できる赤ちゃんの指輪が主力商品だ。
「出生時の身長や体重などのほか『OUR SUNSHINE』なんてメッセージの依頼も多いですよ」と三木さん。
昨年4月に長女が生まれた際、友人からベビーリングを贈られて感動。
習慣の広がりを知って制作をはじめた。インターネットのホームページや原宿のショップで販売しているが、新生児の親が
購入するケースはほぼ半数。残りは祖父母や親戚(しんせき)、親の友人と贈り主の層も幅広いとか。
  当面は母親がペンダントヘッドとして身につけ、成長したわが子にそれをプレゼントする。「出産の喜びが形になる」とママ
同士が贈り合うことも多いらしい。
  このほど「ポケッツ!意外に知らない子どもマーケットのヒミツ」(弘文堂)を発行した博報堂BaBUプロジェクトのプロ
デューサー、岡弘子さんは「人口減少社会、子供の虐待というニュースの多さが逆に、子供を大事にしなければという危機
感を高めているのでは」と分析する。最も分かりやすい愛情表現として、ジュエリーに注目が集まるというわけだ。
  また、今どきの親と祖父母は団塊−団塊ジュニア世代に当たり“友達母娘”のきずなが強いことから「母になった娘を
徹底的にたたえ、祝う意味で、祖母が高額な子供向けジュエリーを購入している可能性もある」とみる。
  ポケッツ(一人の子供に肉親や縁者が支出されるお金)を調査している同プロジェクトによると、年間平均43万円もの
お祝いやご褒美が一人の子供に注がれているそうだ。       未曽有の少子化は、子供をセレブにした!?
最終更新:7月31日15時10分』

だ、そうだ。(アハッ!)
呆れる・・・・・。
4歳や5歳の子供に10万円ものアクセサリーをつけさせて、どうすんねん?
子供には、100円の偽者アクセサリーで十分。(笑)
そんな高いもん持たせても、誰かに取られまっせ!
(子供の命よりも、10万円のアクセサリー目当てで子供の誘拐、殺人事件が起きるかも・・・・?)

「人口減少社会、子供の虐待というニュースの多さが逆に、子供を大事にしなければという危機感を高めているのでは」とは、
余り考えすぎと違いまっか?
おやじは、違うと思うけどな〜〜〜。
そんな高いアクセサリーつけさせて、チャラチャラさせるよりも、もっと、人間として根本的なことを子供に教えなアカン。
「物は大事にするし、大切に使う」
「他人の命、動植物の命、を大切にする」
「親、兄弟、友達を大切にする」
「人に優しくする」
「人類、みな、兄弟!」・・・・

まるで、某どこかの、某競艇のおっさんの口調になってきたな〜(苦笑)
長男の草刈リ風景(バックは、ヴェッターホルン)
2007年07月30日(月) 雨/曇り *** 1431
昨夜から雨が降り始め、今日は朝から雨模様の天気となった。

クラブツアーは、今日は「自由行動日」
それぞれ、雨のグリンデルワルトを満喫しているかもしれない(?)。
こんな日は、観光やハイキングをやめて、お土産などを購入する日ですね。
あるいは、の〜〜〜んびりする日ですね。。。。

スイスのニュースから・・・
『 「インターラーケン」が深せん(中国)にオープン      (Thu. 27.07.07 Smi)
 香港近郊の深せん地方に、「オーバーシーズ・チャイニーズタウン・グループ」(OCT)がスイスのインターラーケンに似せた
リゾート、「インターラーケン・タウン」を建設した。
ユングフラウ地方のインターラーケンと似ている点はしかし限られている。
中国の「インターラーケン・タウン」も二つの湖の間で山々に囲まれているという点、また「クーアザール・カジノ・インターラー
ケン」、教会の塔、「グランドホテル・ヴィクトリア・ユングフラウ」に似たホテルなど、スイスのインターラーケンに実在する
建築物に似せた建物などである。
ゴルフ場、ホテル、遊園地などを含む、リゾート全体の総工費は約5億スイスフランに上った。
中国の責任者はスイスのインターラーケンの協力を望んでいる。
スイスを訪れる中国人の観光客の数は、2007年1月から5月までで17%増え、4万6,500人に達した。
今年、約1万5千人の中国人がユングフラウ地方を訪れると予想されている。
「ヨーロッパ旅行」に代わって、目下「スイス(に的を絞った)旅行」が流行となりつつある。
現在は平均1.7日スイスに滞在し、平均一日430フランを消費する。』

さすが、コピー大国、中国である。
な〜んでも、勝手に作っちゃうとこが凄い!
一度、見てみたいものだ。。。。(苦笑)
http://en.wikipedia.org/wiki/Shenzhen
http://www.echo-von-grindelwald.ch/artikel/?cq_*b753d877=ivxPU=879877ob

なお、最近のグリンデルワルトの新聞(インターラーケンも含む)には、「インターラーケンにチャイナタウンが!?」との
見出しで現在、インターラーケンには、中華レストラン、韓国レストラン、インドレストラン、日本レストランなど、アジアのレス
トランが多くオープンしているという記事が掲載された。
事実、インターラーケンには、韓国人、インド人、中国人(台湾を含む)などの多くのアジア人の姿を見ることが出来る。
韓国人経営のホテルもあるし。。。。
まさに、国際的な町、インターラーケンになっている。
http://www.echo-von-grindelwald.ch/artikel/?cq_*1908d7f4=ivxPU=879877tf
2007年07月29日(日) 晴れ/曇り 1430
今日の天気は、晴れ模様から、徐々に雲が多くなっていた。

今日は、「グリンデルワルト・クラブツアー」の2日目。
午前09時05分の郵便バスに乗車し、「グローセ・シャイデック」へと向かう。
ツアーの参加者や中高年の外国人旅行者も多く、バスに乗車していた。
「グローセ・シャイデック」では、丁度、「スイス相撲大会」(シュビンゲン)が開かれており、地元の観客などで賑わっていた。
「シュビンゲン」は、言うならば「村の若者の腕比べ大会」のようなもので、スイス各地で伝統的に開かれている。
もちろん、地方大会に勝ち進んでゆけば、いずれ「全国大会」にも出場できるのである。

さて、クラブツアーのハイキングは「足慣らしハイキング」であり、「ゴローセ・シャイデック」から「フィルスト」までの緩やかな
上り坂。写真を撮りながら、ゆっくりと1時間30分のコースを2時間掛けて歩いた。
放牧中の牛達が、至る所に居て、の〜〜んびりと、草を食んでは寝そべっていた。。。。
「フィルスト」到着時点で解散。あとは、自由行動である。

夕方の6時からは、ホテル・セントラルヴォルターのテラスにて「歓迎アペロ」を行ない、ツアー参加者、JIBのスタッフと安東
の家族も参加した。
また、役場を代表してローナー書記長が、観光局を代表してブラヴァント女史が「歓迎の挨拶」を行なった。

「クラブツアー2日目」を、どうぞ。

ところで、日本では「参議院選挙」が終わった。
で、自民党の過半数割れ。民主党の躍進などのニュースがあるが。。。。
『<参院選>安倍首相「申し訳ない結果だ」テレビ特番で     7月29日23時3分配信 毎日新聞
 安倍晋三首相は29日午後10時すぎからテレビ朝日の選挙特別番組に出演し、「申し訳ない結果だが、美しい国づくりの
約束を果たしていきたい。
厳しい、苦しい状況ではあるが、責任を果たしていくのが私に課せられた使命だと決意している」と述べ、続投に強い意欲を
示した。   最終更新:7月29日23時16分』

そうだが。。。。。。
「美しい国づくりの約束を果たしていきたい。」って、どんな美しい国を作ろうとしているのか?
もっと、ハッキリした表現はないのだろうか?
美しい国も良いが、それよりも、、、、、
●約束を守る日本人
●マナーを守る日本人
●正直な日本人
●きちんと仕事をする日本人
●他人に迷惑をかけない日本人
●まともな政治家の日本人・・・・・・
そんな日本人を先に作って欲しい。とおやじは思う。

安倍晋三氏、衆議院 山口県第4区 自民党
プロフィール:1954年9月21日生 初当選/1993年 当選回数/5回』

おやじと「たった2日違い」のお兄さんである。。。。(苦笑)
2007年07月28日(土) 晴れ 1429
今日の天気も良い。
ただ、少しづつ雲が多く掛かって来たような気もするが。。。

午後からチューリッヒ空港にグリンデルワルト・バスの車で向かう。
東京からのLX169便で「グリンデルワルト・クラブ・ツアー」の参加者の方々が到着する。
今年は、少なくて11名の参加者である。

チューリッヒ空港には、満席だったというだけあって、多くの日本人客がドドドド〜と、降りてきていた。
出迎えるミートの方(日本人)も、総勢10名ほど居た。

懐かしい顔、新しい顔など、11名の方々とお会いして、空港駅ビル内の「ミグロス」にてグリンデルワルトで使う飲み物
などを購入して頂き、そして一路、グリンデルワルトへと向かう。
午後7時30分にグリンデルワルト駅前駐車場に到着。
各別荘の大家さんに出迎えに来て頂き、そして、参加者の方々はそれぞれの別荘に散っていった。
明日は、「足慣らし半日ハイキング」がある。

「クラブツアー1日目」を、どうぞ。

ところで、現在ニュースになっている「韓国人」のアフガニスタンでの拉致問題。
『 “キリスト教一家”使命感あだに 殺害の韓国人牧師      7月26日23時37分配信 産経新聞

【ソウル=黒田勝弘】アフガニスタンでイスラム原理主義勢力タリバンにより殺害された教会派遣の韓国人奉仕団の引率者、
ぺ・ヒョンギュ牧師(42)は、父や夫人も篤実なキリスト教徒という“キリスト教一家”で、人望の厚い若手の伝道者として知ら
れた。拉致された23人のうち、なぜぺ牧師がまず殺害されたのか背景は不明だが、一行の中では唯一の牧師だった。
伝道者として危険地域での困難や危険をかえりみない“使命感”が、結果的に犠牲につながったようだ。
(中略)
今回、アフガンに医療活動などで青年男女23人の奉仕団を送り出したペ牧師の「センムル教会」は、信徒数が約4000人で
市街地の5階建てビルを教会に、海外奉仕をはじめ活発な布教活動で知られる。
北朝鮮に対する人道支援にも積極的だったという。
  韓国政府は事件発生後、外国メディアに対し今回の奉仕団がキリスト教関係であることにできるだけ触れないよう要請
している。
イスラム教の武装勢力を刺激したくないとの配慮からだが、危険地域での大胆な奉仕活動にペ牧師のような宗教的使命
感があったことは否定できない。』

とのことだが、言い方は悪いが、「戦争、拉致、殺害、テロ組織」がウジャウジャ居るアフガニスタンに、ノコノコ出掛けて行く
ほうが悪い、とおやじは思う。
そして、拉致されたら、今度は、
「助けて欲しい。アフガン・テロとの交換をして欲しい」と言っているそうだが、これも
「甘いんじゃないの・・・・」と、おやじは言いたい。

『伝道者として危険地域での困難や危険をかえりみない“使命感”』もいいが、『北朝鮮に対する人道支援にも積極的』も
いいが、危険な場所に、しかも、若い男女を数十人も引き連れてノコノコと出掛けて行く。
安全なはずがない場所に、出掛けて行く。
出発前の記念写真を見ると、まるで観光旅行に行くような笑顔の若者たち。

殺害されて可哀想だが、そんな危険な場所に自分達が向かうという事すら、自分達には分かっていないんじゃないだろうか。
と、思ってしまう。
拉致されたときにアフガニスタンやアメリカの上層部が言ったことば
「なんで、こんなときに、やってくるんだ!」。

おやじも、同じ事を思う。
「なんで、こんな時に、こんな場所に、ノコノコと観光気分(?)でやって来るんだろう・・・・?」
2007年07月27日(金) 晴れ *** 1428
今日も天気は良い。
そして、暑い。

午後からテッシュ(ツェルマット)へ向かう3名のお客様を車でご案内し、その帰りには「日帰りツェルマット」に参加されて
いたご家族(4名様)をグリンデルワルトへとお連れする。

夕方には、一康が友達を呼んでの「バーベキュー・パーティー」を開いた。
(グリンデルワルト在住の学校の友人とか、アイスホッケーの友人とか、16名ほど)
もともと、一昨日購入したガスボンベの「バーベキューセット」は、今日のために購入したものである。
まあ、もちろん、これからは天気の良い日には「バーベキュー」が続くそうだが。。。。
そして、冬にはガーデンハウスにて「チーズフォンデュの夕べ」を開催するという。。。(苦笑)

あと、3ヶ月前に予約していた食卓が、やっと届いた。
インターラーケンやトゥーンは言うに及ばずベルンからルッツェルン、その他あちこちの家具屋を渡り歩いて、探して探して
やっと見つけた気に入った「食卓」である。
しかし、こんなに時間が掛かるとは思わなかった。
(実際、契約書を交わした時には、6週間で出来るという話しだったのだ・・・・)
一康の友人たち 気に入った「食卓」 初のゲストとの食事
2007年07月26日(木) 晴れ *** 1427
昨夜は、貯まっている仕事もあったので、それらを片付け(といっても、結局は片付かなかったが・・・)、そして寝た。
今日は、久しぶりの「休日」。

今日の天気も、良い。
アイガーなどの山々が、青空バックにしっかりと見えて、綺麗だった。

今日は、わが長男、一康(いっこう)の18歳の誕生日である。
久しぶりに家族4人が揃っての昼食。
夕方から、我々と長女の仁子(にこ)からのプレゼントを貰っていた。

これで、長男、一康ももう立派な大人=18歳である。
(年の経過は、早いものだ。。。)
これからは、ますます個人としての責任を持って、自分自身の人生を歩いてゆかねばならない。
8月からは、実地見習いと、勉強の両立が待っている。
自分の将来のために、自分自身で頑張ってもらわねば。。。。

夜には、一康の希望するホテルのレストランで、親子4人、水入らずの夕食を取った。
家族で「お祝い」を 一康とおやじのツーショット 家族4人での記念ショット
2007年07月25日(水) 晴れ *** 1426
チューリッヒ空港から6名のお客様(ご家族)をグリンデルワルトまで車でご案内する。
日本からパリ経由で到着された様子。
小さなお子様(3名)は、お疲れの様子。
車内でぐっすりと眠っていた。

グリンデルワルトにお昼に到着。
おやじは、そのまま午後は自宅で仕事をする。

夕方、知人を呼んで「バーベキュー・パーティー」を行なう。
何しろ、ガスボンベの「バーベキューセット」を今日、買ったばかりである。(笑)
組み立て、設置、取り扱い方と要領が分からずに苦労したが、しかし、始めてみるとなかなか気分の良いものだった。
目の前には、アイガー、ヴェッターホルンなどの夕焼けが見えていて、暑くもなく、また寒くもなく。
快適なひと時だった。
おやじのアップ ヴェッターホルン アイガー
2007年07月24日(火) 雨/曇り 1425
昨夜から外は雷雨。
そして、今日の天気は、雨模様。

ツェルマットから登山電車でテッシュに向かい、車で一路シャモニー(フランス領)を目指す。
朝08時10分の登山電車は、まるで山手線状態だった。
乗客の95%が日本人だった。(苦笑)

マルティーニ経由でシャモーニ到着までが約2時間30分だった。(走行距離は150km)
天気が悪いため、エギュー・デュ・ミディに上がるロープウェイは空いていたが、JTBの団体ツアー(やはり、ツェルマット
から来ていたが)1組だけだった。(切符売り場には”視界ゼロ”という看板が出ていた)

標高3842mのエギュー・デュ・ミディに上がると、確かに一面真っ白!!
上に上がるエレベーターも強風で運休中。
仕方なく、レストランで「待機」していた。
JTBの団体さんが降りて行ったその後、一瞬だが、青空が見え、モン・ブランも見えた。
おやじは、お客様に「早く!早く!」と言っている間に、モン・ブランはガスに隠れた。
しかし、中央ピークの展望台だけを青空バックに写すことができた。
その後は、やはりガスで真っ白だった。

シャモニーに下りてくると、雨模様。
昼食を取り、その後、車でジュネーヴ空港に5名のお客様をご案内する。
(お客様は、飛行機でパリに飛ぶのだ)

ジュネーヴ空港でお見送りした後、おやじは、今度はチューリッヒ空港近くのホテルに向かう。
(明日の朝、チューリッヒ空港から別のお客様をグリンデルワルトへとご案内する仕事があるのだ)

テッシュを午前08時45分に出発し、チューリッヒ空港近くのホテルに到着したのが、午後7時。
走行距離は、535kmだった。(東京〜大阪間の距離ですかね〜〜)
山の観光と、車の運転。しかも、長距離ですから、疲れますね〜〜〜。

「今日の写真」を、どうぞ。
2007年07月23日(月) 晴れ 1424
今日の天気は、晴れ模様。
お客様は、ホテルの部屋から朝焼けのマッターホルンを見たそうだ。(良かった! 良かった!)

登山電車でゴルナーグラートに向かう。
展望台に上がる頃から雲が多く出始め、結局その後、ずっと、マッターホルンは、雲の中に隠れていた。
「逆さマッターホルン」が写る「リッフェルゼー」にも行ったが、風が強くて、またマッターホルンも雲の中でぜ〜んぜ〜ん
見えず・・・・。

ところで、ツェルマットの観光局長が新しく変わることになった。
現在の観光局長である「ローランド・イムボーデン」氏は、この8月中旬で13年間の観光局長の職をやめる。
(新しくチューリッヒ方面で働くそうだ)
その後任に3名の候補者が居た。
その中に、おやじの知っている男性が居た。
それは、現在まで副観光局長として働いていた「ダニエル・ルッケン」氏である。
「ルッケン」氏とは、33年間グリンデルワルト観光局長をした「ジョー・ルッケン」氏と同じ名前である。
そう、その「ジョー・ルッケン」氏の長男である。
グリンデルワルトで育ったダニエル・ルッケン氏は、グリンデルワルトのフィルスト・バーンでも働いたことがあるが、その
後、各地の観光局で修行をし、そしてツェルマット観光局では宣伝部長を経て、副観光局長になった。

当然ながら、おやじも家族も現観光局長のローランド・イムボーデン氏もみな、このダニエル・ルッケン氏が次期観光
局長になることを希望していた。
しかし、決めるのは「観光局組織委員会」の」メンバーである。

実は、この決定が決まる07月19日の午後1時40分に、おやじはNHKのロケハンで、ここツェルマット駅でルッケン氏と
ローランド氏に会っていた。
「いつ決まるの?」とおやじが聞くと、
「あと20分後なんだ」と、ルッケン氏が言っていた。
「決まることを祈っているよ!」と、おやじは言ったのである。

その夜、イムボーデン氏から知人、友人、関係各位などに宛てたEメールが届いた。
「新観光局長には、ダニエル・ルッケンが決まりました」という内容だった。

今日、ツェルマットを再訪したおやじは、そのダニエル・ルッケン氏と再会し、色々と話しをした。
今後は、グリンデルワルトのサルム観光局長、そしてツェルマットのルッケン氏と、スイスを代表する2大観光地の観光
局長達と何かにつけて、協力し合うことが多いだろう。。。。。

ツェルマット観光局のHPにも、新観光局長の案内が載っている。
http://www.zermatt.ch/
http://www.zermatt.ch/data/pdf/zt/Neuer-Tourismusdirektor.pdf

「今日の写真」を、どうぞ。(ルッケン氏とのツーショットもあります)
2007年07月22日(日) 晴れ 1423
今日の天気は、曇り空。
グリンデルワルトから登山電車に乗ってクライネ・シャイデック経由でユングフラウヨッホに向かう。
途中のアイガーヴァンドではガス真っ白だったが、ユングフラウヨッホまで上がると視界が開けて、アレッチ氷河やメンヒ
ユングフラウなどの山々も見えていた。

ところで、最近のユングフラウ鉄道はビジネス、ビジネスで、金儲けに走っているように感じる。
例えば、今までユングフラウヨッホとクライネ・シャイデックだけにあったKIOSK(売店)が、インターラーケンやラウター
ブルネンの駅のホームにも出現し、さらに、ユングフラウヨッホでは2軒目の店が、今まで「展示室」としてあった場所に
できた。そこで、今まで展示されていた展示物は、あちこちに移動し、最も最悪なのがユングフラウ鉄道の創始者である
「アドルフ・グイェール・ツェラー」氏の銅像が、地下1階のトイレの近く、片隅に置いてあることだ。

また、電車内では車掌が、乗客の一人ひとりにユングフラウ鉄道直営のKIOSKで買い物をすると割引になる券を配って
いるのだ。
公共の機関なのに、な〜んか、自分のとこばかりの宣伝と商売っ気根性丸出しで、おやじは、最近のユングフラウ鉄道
のやりかたは好きではない。

ユングフラウヨッホからの観光から降りてきたら、今度は車でツェルマットへと向かう。
(グリンデルワルトからテッシュまでの走行距離は、115km)

「今日の写真」を、どうぞ。
2007年07月21日(土) 晴れ 1422
今日の天気は、晴れ模様。
サン・モリッツからお客様は「氷河急行」に乗車。
おやじは、車に荷物を積んで走る。
合流地点は「アンデルマット」である。

気温も上がって暑いが、標高の高い場所(峠など)を走るので気持ちが良い。
アンデルマットでお客様と合流し、フルカ峠とグルムゼル峠越えでグリンデルワルトへと向かう。
(サン・モリッツからグリンデルワルトまでは、走行距離290km)

事務所に久しぶりに戻ると、プロゴルファーの中島常幸氏が事務所にやって来たとのこと。
「なんで?」と聞くと、
ある日、突然に「ホテルの予約と日本語ガイドの予約をして欲しい」という電話があったという。
そして、予約した料金を支払いに来たのが、中島プロ自身だったそうだ。
(予約は、多分アシストの方の名前だったようだ・・・・)
そこで、事務所にやって来た中島プロと弊社スタッフの記念写真を撮ったと言う。

「今日の写真」を、どうぞ。(中島プロとの記念写真もあります)笑
2007年07月20日(金) 晴れ 1421
昨夜は、スイスの至る所で集中豪雨や雷雨があり、ユングフラウ地方ではシュピエッツ〜インターラーケン間の電車の
電線に落雷したとかで、電車が不通になっていた。
また、テニスボールくらいの大きさの「ひょう」が降ったとかで、キャンプ場のテントや駐車中の車に被害が出たそうだ。

さて、今日の天気も良く、暑かった〜!。
テレビ局のディレクター氏は早朝の飛行機でウィーンに向かった。
いよいよ、ロケがオーストリアから始まるのだ。

私は、チューリッヒ空港のホテルに昨夜到着した日本人のお客様(5名)をホテルに迎えに行き、そして車で観光に
ご案内する。
まずは、シャフハウゼンにある「ラインの滝」である。
ちなみに、掲げられていた案内書によると・・・・
『滝の幅  : 150m  /  滝の落差 : 23m  /  滝壷の深さ : 13m / 
 滝の年齢    : 約1万4千年〜1万7千年
 夏の平均水量 : 600立方メートル(毎秒)
 冬の平均水量 : 250立方メートル(毎秒)
 最低水量    : 95立方メートル(1921年) / 毎秒
 最高水量    : 1,250立方メートル(1965年) / 毎秒』
だ、そうだ。

続いて、リヒテンシュタインの首都ファドーツに行き、パスポートに入国スタンプを押してもらう。
その後、マイエンフェルトの「ハイジの泉」を見てからホテル・ハイジホフで昼食を取る。
その後、ハイジの博物館を見る。

昼食場所もハイジの博物館も、もう日本人の団体バスが5台ほど止まっており、それこそ「日本人サマサマ」の状態
だった、が。
果たして、地元はそういう風に思っているだろうか・・・?
(毎日毎日、ゾロゾロとやって来ては、嵐のように去ってゆく、、、まるで”月光仮面”ではないか!?・・・フル〜〜〜!)
ブームが去れば・・・の日本人のこと、いつまでも「ハイジ」「ハイジ」ではないとは、思うのだが。。。。。

さて、おやじは5名のお客様を車でサン・モリッツのホテルまでお送りする。
サン・モリッツのCOOP(コープ)に立ち寄ったら、居るわ居るわ 日本人の団体客の皆様方が。。。。
お惣菜、お飲み物、チョコレート、などなど 購入されていた。
そして、さらに、ビックリしたのが。
中国人の団体客の皆様方も、日本人の団体客様方と同じように、購入されていました。
お惣菜、お飲み物、チョコレート、などなど 購入されていた。(笑)
いや〜〜、どこでも一緒ですね〜〜〜。

しかし、、、、暑かった〜〜〜〜!!!!
チューリッヒは朝早かったので良かったが、特にリヒテンシュタインやマイエンフェルトでは、もう汗びっしょり!。
たまりませ〜〜〜ん!
(チューリッヒからの走行距離は、325km)

「今日の写真」を、どうぞ。
2007年07月19日(木) 晴れ 1420
今日の天気も、真っ青な空!!
そして、暑くなる。

登山ガイド氏と午前08時30分にホテルで待ち合わせし、地下ケーブルカーで「スネガ」に上る。そして、乗り継いで
「ロートホルン」(標高3103m)へと上がる。
ここからスネガまでのハイキングである。

最初はガレ場、やがて高山植物や緑の草が茂ってくる。
途中で「エーデルワイス」の花を数箇所で見つけた。
「シュテイリゼー」や「ライゼー」を見て、スネガまで降りてきて、昼食後、ツェルマットに戻る。
そして、ホテルで荷物をピックアップして、駅に行き、そこから登山電車でテッシュに。
テッシュからは、車でチューリッヒ空港のホテルへとやって来た。
(到着は午後06時30分/テッシュからの走行距離は、255km)

「今日の写真」を、どうぞ。
2007年07月18日(水) 晴れ 1419
今日の天気も、真っ青な空!!
午前09時にホテルを出発し、車でブリークへ。
ブリーク駅前を下見し、それからテッシュへ向かう。
車をテッシュ駅の駐車場に駐車し、登山電車に乗り換えてツェルマットに向かう。
荷物を一旦ホテルに預けて、クライン・マッターホルン乗り場に向かう。
そして、ゴンドラ、ロープウェイを乗り継いで「クライン・マッターホルン」(標高3883m)へ。
展望台や雪原に出る。少々風は吹いているが、しかし、そんなに寒くない。
夏スキーやスキー合宿のスキーヤーや、夏山登山の登山客、そして一般の観光客で賑わっていた。

夕方には登山ガイド組合に行って、打ち合わせを行なう。
夜には、ディレクター氏と二人だけで、日本レストラン「妙高」で打ち上げ(?)を行なう。

「今日の写真」を、どうぞ。
2007年07月17日(火) 晴れ 1418
今日の天気も、真っ青な空!!
午前08時に、登山ガイド事務所に行き、登山ガイドと会って打ち合わせ、またテレビ局のディレクター氏のアイゼンや
ハーネスなどを借りる。
そして、ロープウェイで「エッギスホルン」へ登る。
同じ時間に、別の氷河歩きの外人グループ(一般募集)のグループと一緒になったが、そのグループの登山ガイドが、
約4年ほど前にTBSの「世界遺産」の番組でエッギスホルンの夜明けや氷河歩きを同行してくれた登山ガイド氏だった。
(その後、JIBの研修でも氷河歩きをしたが、そのときも同じ登山ガイド氏だったが・・・)

「エッギスホルン」山頂駅から「エッギスホルン」までは、歩いて約15分ほど。
山頂からヨーロッパ最大の「アレッチ氷河」を見たり、周辺の山々を見たり。。。。
その後、歩いて山を下山し、「メールイェレンゼー」の山小屋「グレッチャーシュトゥーベ」へ。
ここで休憩後、いよいよアレッチ氷河に向かって歩いてゆく。
徐々に吹く風が冷たくなってくる。。。。。

氷河の上で、ハーネスを着装し、アイゼンを履いて、ザイルを結ぶ。
そして、アレッチ氷河のトレッキングを開始する。
中央部の「モレーン」では、長年の年月で流れてきた岩石、土、砂などが積もっている。
氷河も切り立った場所あり、青白く、奥行き不明の穴あり、溶けた氷水が流れ落ちる滝つぼあり。。。。
神秘的な色と姿を見せてくれる。
約1時間30分ほど歩き回り、そして戻る。

山小屋「グレッチャーシュトゥーベ」で小休止し、ここからお願いしていた車で「フィシャーアルプ」へ戻る。
歩くと1時間30分ほど掛かるのだが、撮影時には機材も多く、とても歩けないので車で帰ることにしており、その下見
でもある。
さすがに高い場所と氷の上に長時間居ると、身体が疲れている。

「今日の写真」を、どうぞ。
(今日は、「エッギスホルン」編と「アレッチ氷河」編の、2つの画像があります)
2007年07月16日(月) 晴れ 1417
グリンデルワルトを午前09時に車で出発。
カンデルシュテックからカートレインに乗り、バレー州へ。

今日もスイスは全国的に「晴れ模様」
気持ちが良いが、しかし、暑い!!

ブリークから山に入り、ブラッテンからロープウェイでベルアルプに上がる。
そして、ここから歩いて約30分で「アレッチ氷河」の末端が見える「アレッチボード」に到着。
全長22kmのアレッチ氷河は、最後は細くなってダムへと落ちてゆくのである。

再びベルアルプに戻り、車に乗って「モーレル」へ。
ここから別のロープウェイに乗って「リーダーアルプ」へ上がる。
そして、そこから坂道を歩くこと約30分。
高台に建つ「ヴィラ・カッセル」に着く。
ここは、もともとイギリス人の銀行家であった「アーネスト・カッセル卿」が夏の別荘として建てたもので、過去のゲストの
中には若き日の「ウィンストン・チャーチル卿」も居たそうである。
その後、カトライン家に買い取られホテルとして営業もしたが1969年に一旦閉館し、1976年から「アレッチ自然保護
センター」として生まれ変わった。

夕方には「フィエッシュ」に到着し、登山ガイド組合にて登山ガイドの打ち合わせなどを行なう。

「今日の写真」を、どうぞ。
2007年07月15日(日) 晴れ 1416
グリンデルワルトのホテルを午前07時に出発。
車でブスアルプ方向に上がってゆく。
そして、酪農家を訪問。チーズ作りを見学する。
若い夫婦と子供が2名の家庭である。(子供は、丁度夏休みなので牛小屋に上がってきているのだが)
ほぼ午前中をこの牛小屋で見学。最後には、チーズの保管小屋も見学する。

午後には、山岳救助隊の体長さんと会って、話しを聞く。

いや〜、それにしても、グリンデルワルトに到着してからというもの、毎日晴天続き。
しかも、気温が高い。
そして、暑い!
直射日光が強烈である。
いっぺんに日焼けしてしまった。観光客もみ〜〜〜んな、真っ赤な顔をして歩いている。
1週間違いで、冬から一度に真夏になった、そんな感じである。

「今日の写真」を、どうぞ。
2007年07月14日(土) 晴れ 1415
グリンデルワルトのホテルを午前09時に出発。

まずは、グリンデルワルト在住で、このベルナーオーバーランド一帯でも、アルプホルン奏者としては唯一のお宅を訪問
する。ここで、アルプホルンの演奏を聞かせてもらう。(これで、出演が決まった)
その後、登山ガイド氏と落ち合って、車でラウターブルンネンに向かう。
ラウターブルンネンから、シュタウプバッハの滝、そしてトリュンメルバッハの滝を見ながらハイキングする。
そして、お昼はトリュンメルバッハのレストランで取るが、登山ガイド氏は、午前中で終了。
私とディレクター氏は、シュテッヘルベルグに行き、ロープウェイでミューレンに上がる。そしてグリュッチアルプ経由で
ラウターブルネンに帰って来た。

「今日の写真」を、どうぞ。
2007年07月13日(金) 晴れ 1414
グリンデルワルトから午前10時05分の郵便バスに乗り、一路、グローセ・シャイデックへと向かう。
登山ガイド氏も一緒である。
グローセ・シャイデックからフィルストまでのハイキング・コースを歩く。
天気は快晴のうえ、牛たちも多く出ており、夏らしい景色になっていた。

フィルスト到着後、昼食を取り、その後バッハアルプゼーまでのハイキングを行なう。
グローセ・シャイデックからのコースよりも、もちろん、ハイカーが多く、しかも、スニーカーなどの軽装者が多いのが
このフィルスト〜バッハアルプゼーのコースである。
フィルストに戻って来てからゴンドラでグリンデルワルトに降りる。

一旦、今日のロケハンは終了したのだが、私は「どうしても終了させなければならない仕事」があり、自宅に戻ってその
仕事を開始。(午後5時)
で、夕食を挟んで仕事は夜中から朝方まで続き、終了したのが午前04時30分だった。
(疲れた〜〜〜〜〜)

「今日の写真」を、どうぞ。
2007年07月12日(木) 晴れ時々曇り 1413
ブリエンツのホテル発が午前08時45分。
ブリエンツのホテルをチェックアウトする。
そして、一路グリンデルワルトへと向かう。
グルントで登山ガイド氏と会い、ゴンドラ・バーンにてメンリッヒェン山頂へ。
ここからクライネ・シャイデックまでのハイキング。
朝のうちは、天気は良かったが、雲が多く出てきており、なかなか山の全容が見えなかった。
クライネ・シャイデックまでは、通常1時間15分のところ、我々3人は45分で走破する。
クライネ・シャイデックからは、登山電車に乗ってユングフラウヨッホへ。
ここで、3箇所の見所をサッサと見て周り、昼食を取る。
ユングフラウヨッホは、さすがに良い天気なので、多くの観光客でごった返ししていた。

その後、登山電車に乗ってアイガーグレッチャーまで降りてきて、ここで槇さんのオリジナルの山小屋を見る。
そして、クライネ・シャイデックまでを歩いて下ってきた。
今夜の宿は、クライネ・シャイデック・ホテルである。
夕食時、日本人の団体さん、家族連れ(大人2人と子供2人)、そして中年女性4人組みと、我々が日本人客で、スイス
人の小グループ(8人)が1組だけが、居た。

「今日の写真」を、どうぞ。
2007年07月11日(水) 1412
ブリエンツのホテル発が午前08時45分。
まずは、ブリエンツにある「ヨーロッパ唯一の木彫りの学校」に行く。
ここで、校長先生と会って、構内を見せてもらう。
ここには、スイス各地から試験でパスして来た20名の生徒が在籍しているという。
ただ、今が丁度年度末が終わったので、6名の生徒が卒業し、8月から新たに6名の生徒が入学してくるという。
木彫り学校では3〜4年の学習期間となっているという。
その隣りには、新しくできた「バイオリン製作学校」もある。

その後、車でインターラーケン、グリンデルワルトの下見に行く。
変な天気で、晴れているのに雨が降ったり、突然に晴れたり、曇ったり、そして激しく雨が降ったり、、、、と。
ブリエンツ湖の遊覧船(定期船)の「イセルトワルト」村なども下見する。

「今日の写真」を、どうぞ。
2007年07月10日(火) 1411
ブリエンツのホテル発が午前08時45分。
ロートホルン乗り場で登山ガイド氏と落ち合う。
ロケ時にはお願いするグリンデルワルトの登山ガイド氏には、ロケハン時にも来て頂き、ロケと同じコースを歩いてもらう
ことになっているのだ。
登山ガイド氏は、おやじもなじみのある70台の男性で、現在はもう登山ガイドの仕事はしないで、もっぱらハイキング・
ガイドの仕事をしている人である。
さて、肝心の天気は、雨模様。
しかも、今朝方の雨で、山では雪が降っている。
どの山を見ても、真っ白になっている。

ロートホルン鉄道のSLに乗って登って行くが、ガスで真っ白。新雪で真っ白の状態である。
結局、山頂に着いても視界は悪く、約10〜15cmの積雪に、山の稜線を歩くハイキングも中止。
登山電車で下り、中間部分を歩くことに。(ざんねん!)

こんな天気でも登ってくるわ、日本からの団体さん。
言葉で地方からの団体だと分かる。(こんな天気に残念ですね〜〜)
帰りの電車内では、スイスの話しよりも、日本の身近な話題や世間話に「わ〜わ〜」と、花が咲いていた。(苦笑)

「今日の写真」を、どうぞ!
(なお、2日前の07月08日の写真と見比べて欲しい。。。。。晴れの日と雪の日である)
2007年07月09日(月) 1410
ビデオ撮影の仕事は終了したものの、引き続いてNHKハイビジョンの仕事(ロケハン=ローケーション・ハンティング)が
始まっていて、現在ブリエンツに滞在中。
まだ、暫くの間は「つぶやけ」そうもありません。
お許しを。

朝、これから始まるNHKハイビジョンの番組のディレクター氏と会う。
2日前にオーストリアからスイスへ入ってきており、頭の2日間は、おやじのところのスタッフが同行したのだが、今日
からはおやじが同行することとなる。

サン・モリッツ駅に停車中の氷河急行を視察し、グアルダ村へ。
ここで、村長(女性)と会って、打ち合わせを。
その後、一旦サン・モリッツに戻って、ユリア・パス(峠)を越えて、氷河急行と同じコースをアンデルマットへと向かう。
天気が悪いので、視界も悪い。

アンデルマット駅を視察し、今度はポストバスを使ってスーステン・パス(峠)をマイリンゲンへ抜けるコースを車で走る。
マイリンゲン駅を視察して、ブリエンツのホテル到着が午後07時30分。
(走行距離は、346km)

今回は、10日間のロケハンであるが、ロケ(撮影)は、8月中旬に行なうことになっている。
7月は、天気が悪いのだが、ロケの8月には天候が回復していることを心から願うばかりである。

なお、
「今月の写真」(07月06〜08日撮影)を更新しました。
2007年07月08日(日) 晴れ/曇り/雨 1409
今日の天気も、はれ〜〜〜〜!!
インターラーケンのホテルを午前08時に出発し、一路ブリエンツへ。
ここでブリエンツ・ロートホルン鉄道に乗車し、山頂へ。
素晴らしい天気に、素晴らしい景色。
ロートホルン山頂で撮影を行なう。

しかし、良い天気も午前中だけで、お昼頃から崩れ始め、やがて雨模様に。
ブリエンツ湖の遊覧船(定期船)の取材を止め、一路バーデンに向かう。
ここでも撮影を行ない、そしてチューリッヒのホテルに着いたのが午後06時15分。
ここで、10日間の仕事の終了となる。
3人のメンバーとお別れして、おやじは、ここから一路サン・モリッツに向かう。
雨の中、車を走らせ、サン・モリッツのホテル到着が午後09時45分。
(チューリッヒ〜サン・モリッツ間の走行距離は、200km)

明日からは、別のNHKハイビジョンのロケハンが始まる。

「今日の写真」を、どうぞ。
2007年07月07日(土) 晴れ 1408
今日は、朝から久々の晴天〜!!
取材のメンバーは、貸し別荘をチェックアウト。

グリンデルワルトから郵便バス(村内バス)に乗ってグローセ・シャイデックへ向かう。
やはり、晴れると気持ちがいい!
グローセ・シャイデック近くにある池にて撮影。(ここでも、逆さアイガーが写るのだ)

その後、一旦グリンデルワルトに戻り、今度は登山電車でクライネ・シャイデックへ。更に乗り継いでユングフラウヨッホ
へと上がる。ユングフラウヨッホでは強風が吹いていたものの景色は見えた。
そして電車でクライネ・シャイデックに戻り、またまた最終電車まで粘って撮影を行なう。
グリンデルワルトに降りてきた後、車でインターラーケンのホテルへ。(午後8時に終了)
(取材メンバーは、インターラーケンでの宿泊となる)

いや〜〜〜しかし、久しぶりの晴天だったので、ユングフラウヨッホ行きの電車は混んでいるし、ヨッホでも混雑。
帰りの電車も混んでいて、いや〜〜〜大変だった〜〜〜!!

「今日の写真」を、どうぞ。
2007年07月06日(金) 曇り/晴れ 1407
グリンデルワルトを午前08時45分に出発。
今日もグリンデルワルトの天気は、曇り空だった。

登山電車でクライネ・シャイデックに向かい、そのまま乗り継いでラウターブルンネンへ。
そこからロープウェイと電車を乗り継いでミューレンへ。
アルメンドフーベルへケーブルカーで上がり、ここで撮影。
雲は多少取れていたが、しかし、それでも完全には山の姿は見えないのが残念だ。

ミューレンから再び乗り継いでラウターブルンネンに戻り、シュタウプバッハの滝を撮影。
その後、再び登山電車に乗ってクライネ・シャイデックへ。ここで、最終電車までの間撮影する。
最終電車でグリンデルワルトに戻り、今度は車でグリンデルワルト村内の高台から夕焼けの撮影を行なう。
日本人団体客も顔負けの、この「激しい移動」である。(苦笑)

天気は夕方になればなるほど、良くなって、最後には「真っ赤な夕焼け」のアイガーやヴェッターホルンが見えていた。

「今日の写真」を、どうぞ。
2007年07月05日(木) 雨/曇り 1406
グリンデルワルトの今日の天気も雨模様。
そこで、急遽行き先をツェルマットに変更する。

ツェルマットに到着すると、天気は曇り時々晴れ。
しかし、徐々に快晴に向かっているようだった。

登山電車でゴルナーグラートに向かう。
最初は雲に覆われていたマッターホルンも、時間が経過するごとにその全容を現し始めていた。
1時間以内しか滞在しない団体客は、慌しく雲のマッターホルンを写真に収めて、お土産を買って、トイレに行って、
そして慌しく登山電車に乗って降りて行ったが、じっと待っていると、やがてマッターホルンの雲は完全に取れた。
ゴルナーグラートの1つ下の駅である「ローテンボーデン」では、雲のないマッターホルンを撮ることができた。

グリンデルワルトには、午後9時20分に到着した。
グリンデルワルトでも、しっかりとアイガー、メンヒ、ユングフラウの三山が青空に映えていた。

「今日の写真=ツェルマット」を、どうぞ。

ところで、今日は一康(長男)と、仁子(長女)のそれぞれの卒業式があった。
卒業式といっても日本のそれとは違い、各クラスのメンバーによる寸劇や歌などが披露される。
親はこれらに出席して、その後の軽食を一緒に取ったりするのである。
しかし、おやじは、ここ数年子供たちの終業式や卒業式には出席していない。
いや、出席できないのである。
毎年、何かしらの仕事が入っており、しかもおやじはグリンデルワルトに居ないケースが多い。
その代わりに、家内が出席している。
後で聞くと、どこの親も両親で出席していると言う。
まるで「離婚家庭」(苦笑)のように、毎年家内が出席し、おやじは欠席である。

今年の場合は、特別である。
長男は、10年生を卒業。夏からは、現場で仕事をしながら専門学校に通う。
長女は、グリンデルワルトの中学校を卒業。夏からはインターラーケンの学校に通う。
どちらにしても「日本のお父さん」のように、おやじは子供の卒業式には出席できなかったのである。
2007年07月04日(水) 雨/曇り 1405
早朝の午前06時30分に別荘(グリンデルワルト)を出発。
行き先は、ナント、イタリア語圏のルガーノである。
グリンデルワルトを含めたアルプス北部が全面的に雨模様。
しかし、スイス南部が晴れるとの天気予報だったのである。

確かに、サン・ゴッタルド・トンネルを抜けると、空は青空。
晴れ模様だった。
まず、ベリンツォーナに行き、ここのカステル・グランデをはじめ、街中を撮影。
その後、ルガーノに向かう。
天気が良いので、気温も高く、暑いくらい。

夕方には、ルッツェルン付近に寄ってグリンデルワルト到着が午後9時30分。
(15時間労働である)

「今日の写真」=ベリンツォーナとルガーノ をどうぞ!
2007年07月03日(火) *** 1404
朝からうっとうしい雨模様。
午前8時の気温が+10度である。
7月だというのに、この低い気温は、肌寒い。
午前09時に別荘を出発し、グルントからメンリッヒェン・バーンに乗ってメンリッヒェン山頂へ。
雲が多く、なかなか晴れない。ガスも出てきたりして、あ〜あ・・・という感じ。

今度は、車でインターラーケンに向かい、そしてギースバッハの滝(ブリエンツ近く)に向かう。
それから景色を探しながら、ツヴァイジンメンなどを車で走る。
雨は激しく降っており、とても撮影する状態ではない。
グリンデルワルトに戻ってきたのが、午後07時30分である。

本当に、今年の天気は異常である。
こんな寒い7月も珍しい。
2007年07月02日(月) 曇り/時々晴れ *** 1403
今日は、グリンデルワルトから車でまずはシュピエッツへ。
そして、トゥーンなどを撮りながらベルンに向かう。
ベルン市内を中心にあちこちで撮影する。
ベルンの街中も観光客で賑わっていたが、しかし、天気はイマイチだし、気温も低い。
グリンデルワルトに戻ってきたのが、午後09時30分頃だった。
2007年07月01日(日) 雨/曇り 1402
去る06月29日から、日本のビデオの取材のため、早朝から深夜まで外出中です。
そのため、「おやじのつぶやき」を更新する時間がありません。
お許しを。。。。。
07月08日には終了するのですが・・・・

昨夜は遅かったのに、今日の朝の出発は午前07時30分。(トホホホ)
まずは、ルッツェルン市内の撮影から始まる。
今回のビデオ撮影は、イメージビデオとかで、景色(風景)が中心である。
一箇所での撮影時間は、最低でも約2時間。
(もちろん、色んなアングルで撮っているのだが・・・・)
その間、おやじは、ず〜〜と「待ち時間」である。

それからリギ山に登る。
フィッツナウから登山電車でリギ山頂へ。
天気がイマイチ、ハッキリしない天気なのだ。
吹く風は強くて、寒い。

夕方になって、リギ山からルッツェルン経由でグリンデルワルトへと向かう。
グリンデルワルトでの滞在は貸し別荘である。(到着は午後09時30分頃)

「今日の写真」=リギ山 をどうぞ!